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雑木の庭つくり日記

鹿児島県姶良市 「雑木林と八つの家」計画 平成23年2月21日
 鹿児島市の隣、霧島連山や高千穂連峰、そして桜島などの山々に囲まれた、鹿児島県姶良市。この街は近年、シラス台地上のベッドタウンとして、新たな住宅地が増え続けています。
 この地に新たに作られる8つの家の小さな分譲地において、おそらく日本で初めての素晴らしい住環境つくりの試みが動き始めました。

 

 ここはJR日豊本線姶良駅近くの住宅街。新たに造成している2400平方メートルの土地に雑木林をつくり、その中に公園や生活道路、そして8棟の分譲住宅地を点在させます。

 この事業は、地元姶良市に根ざし、長年の間多くの住宅用地を開発提供してきた姶良土地開発の町田社長の発案で始まりました。

 いわゆる環境共生住宅地と言うと、集客のための言葉ばかりのハウスメーカーの美辞麗句、あるいは裕福な人たちにしか手の届かない高級住宅地、またはリタイヤ組の自然の中の終の棲家、風光明媚な別荘地などばかり、というのがこれまでの現実です。

 姶良市の試みは、現代を生きる子育て世代の一般の方々に、できるだけ普通に入手できる価格で、しかも駅の近くの街中で、自然豊かな美しい住環境を提供しようというものであります。
 
 人はリタイヤしてから、自然の中に移り住もうとされる方がたくさんいらっしゃいます。つまり、多くの方は仕事上や生活上の利便性のために、こと住まいの環境に関しては、人生の大半の時間を我慢しながら住まれている方が、大変多いように感じます。
 そして、我慢して住む住環境で子供を育てるというのが、今の日本では普通のことなのかもしれません。それはとても残念で悲しいことです。
 親心として、子供の原風景の中に、よい家庭の思い出の風景を刻んであげたいと思うのが、本心では普通のことなのではないでしょうか。なのに、それを我慢して、多くの人は人生の大半の時間を過ごしてしまうのです。

 私は、自然に包まれた心豊かな住環境を、普通の人たち、普通の家族に提供するため、雑木の住空間を作り続けております。
 そうした私の想いとと、姶良土地開発の町田社長の想いとが、ピタッと一致したのです。

 この街のランドスケープについての打ち合わせや材料の下見のため、週末に鹿児島を訪ね、そして昨夜遅くに帰郷しました。

「多くの人は人生の大半をかけてローンを支払いながらやっとの思いで住宅を手にします。
 しかし、多くの現代人にとって、住まいを得ることで、果たして幸せを手にできたかというと、そうではない気がしています。それでは何のために、高いお金を払ってまで、人は自分の家を建てようとするのでしょう。
 家を建てることは目的ではなくて、家族の幸せのための手段であるはずです。
 住む人たちの幸せのために、土地を提供する私たちに何ができるかと考えた末、自然とともにある心豊かな環境にたどり着きました。
 心豊かで美しい、愛される住環境をできるだけ安く提供したいと思うのです。」

 そんな町田社長の考え方に共感し、感動し、そして、お会いするたびに心洗われる気持ちにさせられます。
 夢を共有して、そしてともに夢の実現を求めることができるご縁、なんと幸せなことでしょう。
 遠き鹿児島の地ながらも、こんな素晴らしい試みだからこそ、私は無私の心境で尽力したいと思うものです。
 これが本当の、人間の仕事というものだと実感します。 



 昨日は姶良土地開発の皆様と一緒に、阿蘇山麓で雑木の生産や雑木の庭つくりを手掛けられている古閑さん(株式会社グリーンライフコガ)の樹木見本園を訪ねました。
 古閑さんの樹木園には、阿蘇の山中で育った素晴らしい雑木がたくさん集められていました。

「私の雑木の庭は、みんなお客さんに教えてもらったんですわ。今のお客さんは本当に自然をよく見てる。よく知っている。我々造園業界の方がそうしたお客さんたちに学ませてもらわねばならんのですわ。」

 阿蘇の地で古閑さんの出会い、感動です。地元を遠く離れた阿蘇の地で、共感できる同業者と出会うことができました。良縁というものはさらなる良縁を生み出していくもののようです。



 古閑さんの植木畑はまさに雑木林の美しさがあります。雑木林の中の繊細な樹形をつくるために、自然に近い状態でそれぞれの樹木は管理されていました。こんな植木畑は私の地元千葉では見たこともありません。
 


 これは、阿蘇山麓の分譲区画地です。左右の木立は古閑さんが植えました。大手ハウスメーカーが開発造成したこの地に、こうした木立を点在させた途端に、この分譲地が売れ始めたそうです。人はなぜ自然を求めるのでしょうか。木々のそばで暮したいと思うのでしょうか。
 
 まさに環境は暮らしの大切な財産だと感じます。また、分譲住宅地に身銭を切ってまでこうした提案をされた古閑さんの先見性には、私もとても良い勉強になりました。素晴らしい造園家が、阿蘇の地にいらっしゃったのです。こうした人の想いが念となって、そして世界を変えていきます。私も良き想念を持って良い世界にしてゆくための一助となりたい、姶良土地開発の皆様や、古閑さんとの出会いの中でそんな思いがとめどもなく膨らんできました。

 良き出会いに感謝です。

鹿児島県姶良市、姶良土地開発のサイトアドレスは下記のとおりです。
http://airatochikaihatu.com/

そして、熊本県のグリーンライフコガのサイトアドレスは下記の通りです。
http://www15.ocn.ne.jp/~g-koga/





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投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
森の生態系 真鶴半島にて    平成23年2月1日
 先の週末、小田原市のTさんの庭の訪問ついでに、真鶴半島の森を歩きました。


 太平洋に突き出た真鶴半島周辺の海は、はるか昔から良好な漁場として利用されてきました。 
 今、半島の豊かな森は、国によって「魚つき保安林」に指定され、保護されています。海岸に隣接する森から供給される有機物などによって海中のプランクトンが増えて、それが魚の餌となって豊かな漁場が形成されるのです。
 海の生態系と森の生態系はこんなところでも繋がっています。



 半島の豊かな森の中には、樹齢数百年というマツの大木が、独特の風格を持つ風景をつくっています。
 豊かな森と美しい海、真鶴半島のほぼ全域は神奈川県立自然公園として保護されています。



 深い森の中には、この土地本来の自然樹林構成樹種であるクスノキやシイノキなどの巨木の他、杉やヒノキ、それにマツの巨木が混在しています。そんな森の様相が、この森が長い歴史の中で、人間との関わりを通して様々に森の姿を変えてきたことがうかがえるのです。

 海とともに生きてきた半島住民の活動の中で、この森は幾度となく姿を変えてきました。
歴史の中で、森の恵みを収奪する人間の活動によって森が消えた時期もあり、そしてまた、マツ林となった時期もあります。



 そして今、温暖な半島の気候の下、この森はシイノキやカシノキ、クスノキなどの常緑広葉樹が優先的に占める、昼でも暗いこの土地本来の自然の森へと姿を変えてきています。

 必然的に、マツのような、人間との関わりの中でその生育範囲を広げる樹種は、人間による森の収奪が弱まるにつれて、その生息数が減少してくるのは自然の摂理というものです。
 増えすぎたマツは、人との関わりの変化とともに徐々に活力を失い、そしてセンチュウなどの虫害によって枯れていきます。



 しかし、この松の風景は、真鶴半島の森の代名詞の一つ。それを保持するために、半島のマツの巨木の幹に穴をあけて、農薬の樹幹注入が行われていました。それによってマツの体内にもぐりこんだマツノザイセンチュウをせん滅しようとしていたのです。

 環境の変化に押されて徐々に弱ってゆく樹木を、農薬の樹幹注入によって救うことなど、実際にはできず、一時しのぎの延命措置にしかすぎません。
 
 元気な木は長い年月の間、次々に襲いかかる病虫害にも打ち勝って、数百年以上もの寿命をまっとうします。病虫害によって樹木が衰退してゆくのではなく、環境に適応できずに精気が弱った個体が、病虫害の甚大な被害を受けて枯死してゆくものです。それはある意味、寿命というものでしょう。

 そういう私自身も数年前までは、病虫害への対策として、農薬に頼った管理を行っていました。しかし、農薬を樹幹に注入することで、樹幹内の害虫は一時は退治できますが、農薬の毒によってその樹木はますます弱ってしまいます。そして弱った木はまたすぐに病虫害の餌食となって、それでも木を活かすために農薬を使うといういたちごっこの末、徐々に枯れていくのです。
 農薬の使用を止めて初めて、今までの自分が、いかに間違った管理をしてきたか、そんなことを実感したのです。
 
 自然の遷移に逆らって、寿命尽きて枯れようとする樹木を薬漬けにして、一体何を守ろうとしているのでしょうか。
 この森の姿が変わってゆくのは当然のことです。
 この半島のマツは、今の人と自然との関わりの中では、尾根筋や潮風をまともに受ける海岸沿いの一部に残存し、それ以外は、常緑広葉樹の森へと移り変わってゆく過程で姿を消してゆくというのが本来の自然の姿なのでしょう。

 微妙なバランスの上に成り立つのが生態系というもの。全てを意のままに管理しようとするのは人間の大いなる間違いです。
 


投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
早春の気配      平成23年1月21日
 造園施工契約のため、南房総は鴨川市を訪れました。



 鋸南町保田地域から鴨川に抜ける長狭街道は別名スイセンロードとも呼ばれ、田畑の畦には12月くらいから早くもスイセンが咲き始めます。



 冬枯れの畔や斜面に咲くスイセンの花。この時期には、街道沿いのいたるところでスイセンの咲くのどかな風景が見られます。
 この地に住まれる先人方々がかつて植えはじめ、そしてそれが広まって、この土地独特の冬の景色となっていったのでしょう。



 常緑樹と落葉樹の混在する南総の雑木林を背景にした野菜畑を、畔に広がるスイセンの花が縁取ります。とてものどかで心休まる風景です。
 造園を志す私として、こうした風景と共に生き、そして育ててきた方々に対して、心底からの敬意と憧れを抱きます。私はと言えば、造園を生業と志してからもうじき20年近く経つというのに、こうした素晴らしい風土の風景実現には、まだまだ修行が足りていません。。。

 素晴らしい風土の風景、それはこの地を耕す地元の方が、長い年月をかけてこの景色を愛でながら、育てているのでしょう。

 風土になじむ風景を作るということ、私の目指す造園は、そういうものでありたいと思います。
生活が地に刻まれて生み出されるのが私たちの心休まる風景であるならば、それを再生するという試みは、人の生き方や自然との付き合い方の自問自答にまで繋がっていきます。
 
 今という時代、長年の暮らしが造り上げてきた美しい風景が土足で踏みにじられる今の時代、おのずと造園の時代的役割は見えてきます。
 私はそこで生きたいと思うのです。



 
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もみじ便り    平成22年12月2日
 今年も早いもので、あっというまに師走の候となりました。一年の締めくくりはいつもあわただしさの中に紛れ込んでいきます。
 紅葉の木々も半ば葉を落として、澄んだ日差しに照らし出された紅葉が一段と美しく、今年最後の輝きを謳歌しているようです。



 4年前に植栽させていただいた千葉市花見川区のIさんから、庭の紅葉の写真がメールでたくさん送られてきました。



 Iさん家族は四季折々の庭の変化をいつも楽しんでくださいます。高木と中木を配しただけの、何もない庭なのですが、今思えば、Iさんのようなお客様方々との出会いから、今の私の植栽や造園観が育まれてきたと思います。
 


 すっきりした地表には、一面の落ち葉がまた秋の風情を高めます。足元に何もなく、ただただ落葉が一面につもるからこそ、落ち葉が風情ある景色になりうるように感じます。
 何もない庭、だからこそ、四季の自然の表情を最大限に楽しめる庭になるのでしょう。

Iさんのメール、とてもうれしかったので一部分、下記に紹介します。

「 どうしましょ?♪
紅葉がサイコーです♪
 
今年のナッチェの紅葉は、またまた素晴らしいです。
オレンジの葉に黒い実が、自然の芸術。
2階からの眺めも最高で、朝から洗濯物を干すのもウキウキしています♪
 
落ち葉のじゅうたんがカサカサといい音で、森の中を歩いているようです。
ふ?君(ニャンコ)は朝から、ガサガサと音をたてて走り回り、楽しんでいます。
「最高だニャ?♪」と、なかなかウチの中へ入ろうとしません。
 
 
大好きなソロの紅葉も、今年は見事です。
小さな黄金色の葉が日に透けてヒラヒラと揺れるのを、家の中から眺めながら、おしごと。
あ?幸せ♪」



 
この写真は2階から見下ろした庭の様子です。
庭の木々と共にあるIさんご家族、こうした豊かな暮らしの場を提供できる庭の形を考えることで、私たちの庭つくりのスタイルが育まれてゆくのです。
 造らせていただいた庭を楽しんでくださるお客様方々に心から感謝です。




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蔵つくりの街、川越にて  平成22年11月25日
 昨日、造園設計の打ち合わせのため、埼玉県川越市を訪れました。



 町並み自体が蔵つくり博物館のようなこの街の一角に、築80年の洋館があります。昭和4年に建てられたもので、川越市の都市景観重要建築物に指定されています。
 ここは来年から、和食器のギャラリーとしてオープンする予定で、その庭園整備のための打ち合わせのために訪れました。
 素晴らしい建物にそして依頼主が収蔵するとても味わいのある和食器の数々。この街やこの建物にふさわしい庭園整備計画を考えているとわくわくし、病気で寝込んでなんかいられなくなります。
 この洋館は、和食器のギャラリーとして新たな命を吹き込まれて、そして川越市に新たな歴史を刻み始めます。まだ、計画段階ですので気の早い紹介はこの辺にしておきます。



川越と言えば、蔵つくりの町並みです。この街の蔵つくりを決定的に特徴付けているのは何と言っても巨大な鬼瓦飾りでしょう。



 分厚い土壁の蔵つくりの屋根に、圧倒的な重量感を加えているのが、瓦屋根の棟部分の収まりです。



 鬼瓦の背面に、漆喰などで盛られた部分はかげ盛と呼ばれます。箱棟と言われる大きな棟とのバランス上、こうした巨大な収まりとされるようになったようです。
 箱棟に見合う大きさの鬼瓦を作って乗せるとなると、それは巨大すぎて大変なことでしょう。
そこで、普通サイズの鬼がわらの背面を塗り込んで飾りを作ることで、見た目の整合性と作業性の両立が図られたようです。



 それにしても、いろいろなかげ盛の意匠があります。これはまるで龍のひげのようです。
また、漆喰を塗り込んでつくられた部分が箱棟です。これもまた意匠は様々で、見飽きません。
粋な職人のなせる技がこうして街の特徴を作りだしているようです。




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