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雑木の庭つくり日記

猫の風葬   2019年2月26日  
 

 夕方、明日の材料の準備をしていたところ、竹炭袋の上にかぶせていたブルーシートをめくると、事務所に居ついていた猫が、そこで亡くなっていたのでした。
 土の上ではなく、ブルーシートの下の温度変化の激しい場所で亡くなったので、遺体は腐敗して、蛆が涌き、匂いも放っていたのです。

 野ざらしで死ぬ、それが生きとし生けるもののありのままの姿です。四つ足の動物達は、死期を悟ると、自ら木の下や草のしとねやくぼみや洞穴、ふんわりとした落ち葉の上に、移動して、そこで伏せて、自ら大地に還る時を待ちます。
 ところがこの猫は、炭袋の上で、力尽きたのか、何かを抱くように、息絶えてしまい、大地に還れずにいたのでした。。。
 
 その世界に本来、火葬もなければ土葬もないのです。
 遺体を埋めずに風化させる葬り方を、人は「風葬」と言いますが、本来の自然の摂理にかなったものは風葬しかないのです。

 野ざらしで、きちんと大地の循環に帰するためには、死に場所が大切。然るべき場所に然るべき方法で葬ってあげることが大切です。

 その方法について、一部始終をご紹介したいと思います。




 腐敗し始めてしまった猫の遺体を、麻布に寝かせて包んで、そして葬り場まで、ゆりかごの赤子のように運びます。



 事務所に居ついていた猫ですので、事務所の中の、もっとも心地よい場所に寝かせたい、そんな思いで、大きなコナラの下のふんわりとした根元を選びました。
 大木の下は根や菌糸が大きな空間を土中に作り、そこには、いのちの活発な循環が生じていて、大地に還るには、少なくともうちの敷地内では最適な場所です。

 落ち葉をめくり、そして炭を敷きます。かつては土葬の際にも、棺桶の下に炭を敷いて、大地に還りやすい状態にしたそうですが、昔はそうしたことが直感で分かっていたのでしょう。



そして、麻布のまま、そこに置きます。



麻布にくるむ前に、炭を敷きます。



猫さんを炭でくるむように、かぶせていき、そして、麻布で包みます。



麻布の両脇にまた、上から炭をまぶして、



そして、両脇に、土をかぶせていきます。半分、埋まったような形にします。
空気にさらされすぎると菌糸が働きにくいからです。遺体がミイラになることなく、きちんと大地の循環の中へと、肉体が消滅していって、そして、樹や草や虫達や鳥たちなど、他のいのちへと移ってゆくためには、菌糸にとっても、住みやすい環境にしてあげることが大切です。



 供養のために墓石を立てます。人間以外の四つ足の場合、加工した石ではなく何気ない自然の石がよく、動物の場合は石を立てる必要もないのですが、この猫には僕自身、特別な想いがあって、石を立てました。
 いつも、事務所の離れ屋の、もみ殻袋の上を寝場所にしていた猫なのです。
 そこが温かかったのでしょう。でも、いつの間にか、そこで寝ることがなくなり、居なくなっていたのです。
 そして、炭袋が、その時の記憶を思い起こさせたのか、きっと寒い冬の日に、ブルーシートの下の炭袋の上で寝たところ、そのまま力尽きてしまったのでしょう。
 その思い出が大きくて、そこで今回、小さな石を立てることにしました。



 そしてまた、その上にも周りにも、炭を撒きます。

 

 紅梅が咲いていたので、石の前に花を飾りました。奥の、こんもり盛り上がった、落ち葉の下に、麻布の中で猫は大地に還るのです。そしてその後は、この土地のいのちとなって、僕らとともに生き続けることでしょう。

 この世の生、成仏させてあげたい、大地のいのちの中に還してあげたい、そんな思いで、僕はこれまで幾度も、道路で死んでいる動物を野や山に移動して風葬してきました。

 先日、沖縄の風葬地を数十か所も調べて廻りました。段丘の洞窟、巨石の下、そしてその上にはガジュマルが移動して来てどっしりと包み込む、そんな光景から、本当に、私たちは生ある時も死の世界に至るときも、常に大地と共にあってそして大地に帰していく、そんなあり方に戻らないといけない、そんな想いすら感じながら、帰ってきました。

 身土不二、と言います。その土地で生きて、そしてその土地で死して、一緒に生きてきた、周囲の他の新しいいのちへと溶け込むこと、こうした営みこそ、現代、再び思い起こさねばならない大切なことではないでしょうか。



 このコナラの下はいつも、フキノトウが一斉に出ます。これからこのフキノトウを食すとき、僕らの身体にこの猫のいのちが宿るのです。

いのちの循環、こうしたことを感じる機会が今、あまりにもなくなってしまいました。
それではいけません。こうした自然の営みを感じて生きること、その大切さ、伝えていきたいです。

 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
取手の庭の竣工と、ダーチャ畑の植え付け 平成30年3月16日  
 

 時の流れは待ったなしの速さで、つい最近、寒が明けて旧正月を迎えたかと思ったら、もうすでに春分を迎える頃となりました。
 高田造園も西に東に奔走する中、最近の日常を少し紹介したいと思います。

 まずは数日前に竣工した、茨城県取手市の屋外環境を少しばかり紹介します。

 ここは数年前の河川氾濫の記憶新しい小貝川流域、県のハザードマップ浸水想定地域に接する土地です。
 建築工事に伴う盛土、造成によって土地の通気浸透環境はますます荒廃し、土壌環境は悪化し、敷地にはあちこち水たまりができては長く解消せず、またもともとあった木々も枯れたり弱ったり、そんな状況の改善からスタートしました。

 完成後の今、庭も駐車場も雨水はすべて円滑に浸透して土中を潤す、そんないのちの循環が再生されました。



これが駐車場と主庭、施工前の状態です。



施工後。
駐車場から主庭に、菜園側には木々の間を抜けて伝います。



主庭、菜園脇の木々の合間のベンチ




 雑木林に面した中庭側は、雨落ちの浸透処理と窓際の近景植栽といった、ごく控えめな造作にとどめて、心地よい多目的スペースとして残します。



主庭の施工前。



主庭施工後、南庭デッキ前。
 ここでは、玄関前以外はすべて雨どいを設けることなく、屋根の水は雨落ちの溝に浸透し、土中の菌類微生物活動によって大地のエネルギーに還元されて潤してゆく、そしてこの土地の土壌環境は日に日に豊かに育ってゆきます。



 表土の通気浸透改善施工中。

雨落ち部分だけでなく、樹木植栽マウンドを中心に、ネットワーク状に横溝浸透ラインを掘っていきます。
 ここは炭と枝葉を絡ませて、発生する菌糸の働きによって植栽樹木の根系もまたネットワークのように広く深く張り巡らせて、表土の状態を豊かに快適に育ててゆくのです。



 道路に面した東側は、家際の植栽と外周植栽、そしてその間の園路を連続させていきます。



 あとひと月もすれば木々は芽吹き、清らかな新緑の光に家屋は包み込まれることでしょう。
 生まれたての庭、これから月日とともに、環境、人、共に豊かに育ってゆく、竣工したての住まいの環境に、そんな想いを込めます。



 さて、3月となると、ダーチャフィールド自給菜園の植え付け作業も始まります。
 ひと工事を終えてほっと一息つく一時に、こうした楽しい作業を進めます。



 この日はジャガイモの種芋のほか、春大根に小松菜を植えます。



植え付け後、複合発酵バイオ資材ともみ殻燻炭を、表層に重ねてまぶしていきます。



その上に、稲わらによって表層を保護していきます。適度な蒸発調整と、菌類微生物による表土の改善効果の高さゆえに、稲わらはマルチ素材として他に代えることのできない価値があります。



 稲わらマルチ後、麻ひもを張ってわらの飛散を止めていきます。



 黒いラインは灌水チューブです。このチューブで、当社で培養している複合発酵酵素水をじわじわと大地に浸み込ませていきます。
 浸み込んで大地のエネルギーと化してゆく水の動きを見ていると、それだけでうれしく豊かな心持になります。

 今回、わずか30坪足らずの畑植え付けに、5人で半日かけて丁寧に行います。収穫を経済ベースで販売すれば当然、この日の日当すら出ません。
 そこが、これからの農への向かい方を問い直す機会となるように感じます。

 このダーチャフィールドの菜園面積は合計約50坪、収穫を市場価格のお金に換算すれば、それこそ採算など全く及ばないものですが、自給的な暮らしのために、この畑を循環させてうまく使えば、たったこれだけで一家庭でつつましやかに消費する野菜根菜のほとんどが自給できる、セーフティーネットになるのです。

 かつての暮らしにおいて、世界中の人が、そんな豊かな餌場を大地に保ち育ててきた、そんな営みの積み重ねの上に今があります。
 その大地の豊かさを、一時の経済の犠牲にせずに後世に伝えてゆく、その鍵は、こうした半自給的な楽しみと、そこで育まれる確かな感覚の中にこそ、あるような気がしてなりません。

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
仕事納めのダーチャフィールドと新施設のご紹介 平成29年12月31日
 

 昨日30日、ようやく年内の仕事を無事に収めて、高田造園ダーチャフィールドにて好例となった猪鍋&餅つき忘年会を迎えることができました。

 年内に手入れに回れなかったお客様、設計見積もりの提出が間に合わなかったお客様、来年優先的に始動いたしますので、どうかご了承くださいませ。



 寒風のもと、ホッカホカの餅をついて、お汁粉に磯辺焼きに大根おろしにあんこ餅、一年の納めはみんなの笑顔と笑い声と、威勢の良い餅つきの掛け声の中で締めくくります。

 今年はいろいろなことがありましたが、こうして無事、みんな笑顔で締めくくれれば、最高の一年を過ごせたに気づきます。



 数か所で火を焚き暖を採る。そして火の回りで談笑の輪が生まれます。
 大人の楽しそうな様子を子供たちは火の番をしながら、その光景を楽しい思い出のページの中に刻んでいきます。



 この日訪れた仲間は10数世帯の30人以上。皆の分の餅を伸し、鏡餅を作ります。

高田造園の忘年会で餅つきを始めたのは実はつい去年のことなのです。
 O157による食中毒防止のためと称して、官庁から学校幼稚園など公的施設に対して餅つき自粛要請が出たことを受けて、それを機に、当社では子供たちと餅つきすることにしたのでした。
 危険だとか不潔だとか言っていちいちなんでも排除していたら、子供たちは何から学べるというのでしょう。何でも管理されようとするつまらぬ社会の中、いったいどこで子供たちは伸び伸びと魂を育てていけるというのでしょう。

 おおらかな自然が育てる昭和の温もりに包まれて、多くの子供たちに、本当の温かさと伸びやかさを感じてほしい、ダーチャフィールドのイベントはいつもそんな思いで楽しみます。


 
 薪割りや火の当番は子供たちの仕事です。小4のわが子もいつの間にか上手に割れるようになっていることに気づきます。



 フィールドの畑や芝地に火入れするのもこの日の子供の仕事です。

冬の間に夏草を焼いて炭にして、そして大地の環境を育ててゆく、人類がはるか昔から行ってきた、大地環境との絆を感じるひと時です。

 わが子には見慣れた作業ですが、初めての子供たちにはとにかく新鮮で楽しく、煙の臭いと温かさに五感がゆすぶられて駆け回ります。



この光景を見慣れない人にとっては、危険なことのように映ることでしょう。
しかし、冬場の野焼きによる管理は大地環境の豊かさを持続させるための大切な作業なのです。
 こうした、大地と向きあう大切な智慧も今は多くが忘れ去られてしまっている中、ここでは子供にも大人にも、フィールドの日常の中でごく普通に行います。

 むろん、万全の消火設備を用意して、大人が見守りながらも、子供たちに任せるのです。



 温かな里山のいのちに包まれて、大人もこどもも一緒にはじけて楽しい時間を共に刻む、このフィールド整備を始めてまだわずか4年ほどですが、気の良い場所は、その場所自体が人を呼び集めるようです。
 この場がたくさんの幸せと出会いを育んでくれる、その中で、みんなが温かな心を育む場、来年もまた、この場をたくさんの人に利用していただけますように、ますますよい場に育てていきたいと願います。



 さて、今年の最後に少しばかり、これから始める新たな集いの場をご紹介します。
千葉県佐倉市、岩富城址の畔、2棟の古民家をイベントスペース&シェアダーチャ&ゲストハウスとして、開放すべく、整備を始めました。
 詳しくは来年ゆっくりとご紹介したいと思いますが、少々、今のゲストハウスとなる母屋の様子をざっと紹介したいと思います。



 一階の続き間4部屋程が、ゲストハウス兼イベントスペースとなります。



 渡り廊下はどこか懐かし気な香りを感じます。



 広間の神棚。千葉では基本的に神棚と仏間がセットで並び配されることが一般的でした。



 お風呂は24時間循環ろ過、酵素風呂です。



 薪ストーブのある共同のキッチンは集いと憩いの場となります。


 
 使いやすく温かい時計型ストーブは採暖のほか、煮炊きにも重宝です。



 玄関は、ジブリ映画、千と千尋の神隠しにでてくる湯屋をイメージして照明をコーディネートしてます。

 ここでもまた、様々な出会いと学びと憩いの場となり、いのちのつながりを感じる場として育てたい、そんな思いで「いのちの杜」と命名しました。
 
 高田造園設計事務所、ダーチャフィールドと共に、古民家ダーチャいのちの杜、これからどうぞよろしくお願いします。

皆様、よいお年をお迎えくださいませ。どうもありがとうございました。




投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
今年もお世話になりました。  平成29年12月23日
 

 先月末、埼玉県飯能市での打ち合わせついでに足を延ばした天覧山。登り口である能仁寺から徒歩30分足らずの低山でありながら、秩父武蔵野を一望する名山で、今もなお、力強い気を放ってこの地域を守っているようです。

 公私とも、心身ともに忙しなさを極め、ブログの間隔が大変空いてしまい、気が付いたらすでに今年もあと数日となりました。

 振り返ると、今年も激動の一年となりました。
 年の末まで、まだあと一週間ほどございますが、いろいろな出来事が起こりながらも、今年も多くの人に支えられ助けられながら、無事にまた一年を終えることができることに、心の底から喜びと感謝の想いが溢れます。
 
 おそらくこれが、今年最後のブログ記事となると思います。
 師走の静かな日曜日、心静かに今年を振り返りつつ、秋の庭や今後の私たちの活動について、少し、抱負をまとめてみたいなと思います。


 
天覧山山頂への道すがら、紅葉真っ盛りの枝葉が日差しを浴びて、駆け抜けた一年を謳歌するように輝きます。
そして抜けて差し込む日差しは優しく、どこまでも愛に満ちて包まれるようです。



 清らかな空気と息づく木々。山体となる岩盤が、この豊かな自然環境を生み出す源にあるのでしょう。
 ここ数年、加速度を増すかのように自然環境の劣化は甚だしく、乾いた森、乾いた大地ばかりが広がる中、今もなお大地のエネルギーを集めて放つような土地の精気を感じる場所に巡り合うと、何か懐かしく、いのちの源に包まれるような、そんな喜びを感じます。



 さて、師走もあと残り僅か、恒例の年末手入れ行脚に休みなく駆け回ります。
ここは世田谷区、三年ほど前に竣工した庭です。紅葉真っ盛りで、手入れをせずとも光が差し込み、そして木々が喧嘩せずに枝葉をすみ分け空間を分け合う姿を見せるのは、土地の健康の証と言えるでしょう。

 
 手入れ後の庭。
 わずかな空間ですが、息づく木々は通る人の心も喜ばせてくれるようです。
 私たちはこうして、以前に作った庭の手入れに回りながら、いつも美しい木々に力をもらい、そしてその幸せをお施主さんとともに分かち合うのです。
 幸せな仕事だなと、いつも思うのですが、こうした時間はまた格別です。



 千葉県市川市のTさんの庭も、竣工して早くも4年となります。あっという間の月日ですが、庭の木々の成長がまた、年月を感じさせてくれます。



 一年ぶりの手入れですが、落ち着いた木々の成長は穏やかで、人の生活空間をあまり圧迫することはありません。手入れもそれほど手間がかかることはありません。
 
 奥行5mに満たないスペースながら、表情豊かな木々のたたずまいは、ここが駅近の住宅地であることを忘れさせてしまうようです。



 東庭テラスの佇まい。それにしても、庭は年月を経て、こうしてますます心地よく育っていきます。

 よく思うのですが、庭の雰囲気が増すのは、決してその庭の環境ポテンシャルのおかげばかりでなく、そこに住む人の想いと愛情に、庭のいのちが応えてくれて、そして庭がより豊かに美しく優しく育ってゆく、そういうものなのだと感じます。
 そんなことをいつから感じ始めたのか、覚えていないけど、そして、僕らがまた、毎年の手入れで庭のいのちと再会するとき、庭の木々は、待ってたとばかりにたくさんの想いを私たちに伝えようとします。
 そして私たちは、人の空間と木々の健康、双方を考えて、調和へと導く自然の働きを邪魔しないように手を施す、それが庭の手入れなのだと思います。

 師走の手入れ行脚、もう25年もそんな年末を繰り返してきましたが、私自身、年を重ねるにつれてますます、庭に施す自分の手入れが、おおらかというか、おおざっぱになったというべきか、、とにかく、なるべく手を加え過ぎずに自然の働きに委ねる割合を増しているように思います。
 
 木々との向かい合い、そして、共に年を重ねるお施主さん家族との向かい合いの中で、たくさんのことを学びながら生きてゆく幸せ、師走は特に感謝と共にそんなことを感じるのです。



 我が家の庭も、この時期は落ち葉の恵み降り注ぎます。落ち葉は大切な大地の恵みです。
 子供たちが落ち葉を集めます。取り過ぎると土がむき出しになって寒々としてしまうので、表土の毛布として落ち葉を適度に残しながら集めるのです。
 その辺のさじ加減は、わが子たちはすでに自然と体得しているようです。



 集めた落ち葉をくべて芋を焼いたり玉ねぎを焼いたり。
 寒空の下、かさこそと落ち葉の音に心と頭を研ぎ澄ませつつ、煙の香りと火花はじける音とを、記憶の奥に刻んでいきます。
 子供と一緒にこうした時間を重ねること、そんな時間は何よりの宝なのでしょう。
そこに住む家族の心の原風景を刻む住まいの環境、そんなものをいつまでも提供し続けていきたいものです。



 晩秋の我が家。木々の枝幹の影が一年で最も長く、風に揺れて様々な表情を見せてくれます。人工物では決して味わえない、自然が織り成す無限の表情、人が人として、いのちとのつながりを保って生きてゆくために、最も大切なことがそこにあるように思うのです。

 木々があっての暮らしの潤いです。しかも、木々は自然で、健康で生き生きと息づいていなければなりません。
 いのちのつながりは目に見えませんが、感じることはできます。見えない声や音を聞くこともできます。そして自然は常にサインを送って、私たちに語りかけようと、手を伸ばしています。
 そんな自然に向き合うとき、どんな場合でも優しい心持でありたいものです。



 さて、ここは千葉県佐倉市、岩富城というかつての古城のお堀跡沿いに佇む豊かな環境、ここで新たに体験ダーチャ&ゲストハウス開設の準備を始めたところです。
 建物だけにとどまる古民家再生ではなく、ここでいのちのつながりを実感し、そして周辺環境を育てながら安全で豊かな環境を代々繋いできたかつての美しい暮らし方を体感していただける、そんな場所にしたいと願い、「古民家ダーチャ いのちの杜」と命名しました。
 来年度のオープンを目標に、2棟の家屋改修や庭の整備を、合間を縫って進めています。



 この日はいただいた大量の伐採木を薪にしていきます。

 ダーチャフィールドに高田造園の事務所、それに新たな古民家ダーチャも、寒い冬を快適に過ごすのに大量の薪が必要になります。

 薪は本来、自給が基本で、それもわざわざ薪の確保のために伐採するのではなく、裏山の枯れ木、落ち枝を集め、そして私たちの場合はゴミとして持て余される伐採樹木や解体材をもらってきて、それを用います。
 有機物は循環させれば環境は息づき、当然ながらごみ処理という、不自然な過程が不要になるものです。




 端材を燃やして、環境の再生作業に用いる丸太や杭の表面を炭化させていきます。
 事務所の倉庫や置き場を片付けながらの作業です。

 柔らかな日差しの中で炎や炭火を見ていると、年の瀬を感じます。

 高田造園設計事務所のスタッフも、今年は大きく入れ替わりがありました。
 ありがたいことに、いい若者ばかりが高田造園に定着してくれます。

 すべてが移ろいながら、人と人との縁が発酵し、醸成されてゆく、そこで人はまた、温かさと厳しさの中で心の中に愛を育み、成長してゆくのでしょう。

 出会うすべての方々に感謝です。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
吉野山の荒廃と環境再生   平成29年9月10日
 

 世界遺産、紀伊産地の霊場と参詣道の中核の地、吉野山での桜植樹地の一角、太閤花見塚にて、継続的に実施させていただいている環境改善指導、最初にここを訪れたのが昨年の三月のことでしたので、あれから一年半が経過したことになります。

 この一年半の間、私たちははるばる千葉から5回ほど、環境の改善作業とその現地指導のために訪れましたが、ずいぶんと桜の状態、土壌や地表の状態も雰囲気も、健全な状態へと改善されつつあることを、ようやく、参加される皆さんに、それを感じていただけるまでになりました。

 ここは、大和ハウス工業株式会社CSRによって、10年ほど前から桜植樹・育樹に取り組まれてきました。
 世界遺産であり、役行者が開いた山岳修験道発祥の地、その価値を未来に繋ごうと、地元の関連団体方々やダイワハウス社員の有志によって、この10年間、尊い労力が注がれてきました。
 
 それでいながら、桜は衰弱し、環境は悪化するばかり、ダイワハウスCSR担当の内田さんの依頼で私が最初にこの地を訪ねたときは、植えられた桜は精気なく樹皮は荒れて枝枯れを繰り返し、地面は表土がむき出しで流亡し、カチカチの地面にはススキばかりが時期によって人の背丈以上にはびこる、そんな荒れ地となり果てていたのでした。

 そんな時、昨年三月に吉野林業研究会が主催した私の講演会に参加されたのが、ダイワハウス入社以来一貫して吉野でのCSR活動を担当してきた内田さんでした。
 その後彼は、それまでこのプロジェクトを指導してきた樹木医や地元桜守の方々を説得してくれて、私たちが、この地の根本的な環境の再生に取り組む足場を作ってくれたのでした。

 今回、先日の吉野山花見塚環境再生ワークショップ指導の様子を、以下にご紹介させていただきながら、今の環境劣化の問題の根本を、少しでもお伝えできればと思います。



 この日は、ダイワハウス社員によるボランティア参加の有志方々、このプロジェクトに終始ご協力くださる地元の吉野桜保勝会の方々、そして近辺から加勢に来てくれた造園仲間たち、心ある方々延べ50人以上が、この吉野山の山中に集いました。






 植樹地の環境は、この一年半で見違えるほど、改善されつつあります。以前は赤土がむき出しだった地表は今やすべてが草に覆われ、夏の木陰も1年前に比べて格段に広がり、優しい光景に変わりつつあります。

 桜を健康にするために、環境全体を健全に育ててゆく、それが私たちの環境再生の視点であります。

 植えられた桜の健康回復のためには、その土地の自然環境が健全でなければなりません。
 自然界は、植物動物菌類微生物、すべてが繋がって、まるで人間の体と同様に、いのちの連携の中で健康を維持し、バランスを保ち、いのちが共存し、安定してゆくわけですので、周辺環境の健全性に目を向けずに、目先のマイナス要因を排除してただ単に桜だけを健康に育てようとする、現代の発想自体が全く間違っている、と言わざるを得ません。

 そんな人間中心の視点では、決して環境は良くならない、そして人間も、悪化する環境の中でさらに自然と一体の感覚を鈍らせてしまう、そんな現状に早く気づいて、そして改めていかねばなりません。



 植樹地の環境改善作業は、土地を育てる草刈りから始まります。
ススキなど、荒れ地に優先する草の先端を刈りはらうことで細かな根を出させるのです。それによって表土の通気浸透性が改善されて、土中生物環境が自ずと改善されていきます。
 そして、実生で自然に芽生えてきた他の草木は刈らずに残し、ススキが役割を終えて消えてゆく際に、次のステージの担い手となる新たな植生を育むのです。
 大地の健康を守る皮膚のような役割が地表の草本地衣類なのであって、草刈りは本来、 人間都合で不要に思える草を排除するために行うのではなく、人間の関与する土地において、大地を守り育てるために行うもの、そんな、本来当たり前の造作を意味を今、我々は思い起こさねばなりません。



 ベンチ廻りの表土が硬化しやすい場所にわずかな溝を掘って、大地の通気性、浸透性を改善していきます。



そしてその溝に炭を埋め込み、表土安定の起点としていきます。



 表土環境の改善後、表土全体に炭燻炭を撒いていきます。



  毎回参加くださるダイワハウスの美しい女性陣。



 吉野在住の同業の友人、風人園の大西さん。僕が吉野で活動させていただけるのは、彼のおかげといっても過言ではありません。
 本質的な部分から吉野の環境を再生し、そしてそれによって、自然環境の中での人のあり方を世に伝えていきたい、そんな想いを共有し、この活動を終始献身的に支えてくれる彼には全く頭が上がりません。

 無私の想いと世のための発心は当然のこと、そしてその想いが現実の中で実現してゆくためには想いを同じくする同士がどうしても必要なのでしょう。
 私にとって、彼なくして吉野での活動はありえず、本当に、天と地と人、彼と会うたびに感謝の思いが溢れます。そして、そんな体感が、人生を豊かに潤してくれるように思います。



 植樹改善フィールドに至る山道の環境改善整備も、重要な仕事です。環境はつながっておりますので、ただ単に自分たちが与えられたフィールドだけに目を向けるのではなく、周辺環境含めてよい状態を保つことができるように、目を向け心を向ける必要があるのです。
 


 そして改善後の山道にも炭燻炭を撒きます。






改善後の道は安定感が増して見違えるほど心地よく輝きます。
環境はつながっている、それは人にも言えること、自分だけの幸せや満足はありえず、すべてのいのちの共存と幸せのために働くこと、行動すること、そんな、他の動物や植物たちが当たり前にできることを、現代の私たちもできるようにならないといけません。



 私がこの吉野山で、半ばボランティアで私財を費やして、その環境再生に努めているのには、理由があります。

 人は、真剣に、そして命の声に忠実に生きようとすればするほど、たくさんの壁を前に葛藤するものではないかと思います。

 吉野金峯山寺では、1200年来、市井の人たち、在家の民の山岳回峰修行を一貫して受け入れてきました。
 そしてそこには、人生に行き詰まり、あるいは葛藤し、あるいは罪の重圧にさいなまれ、自ら命の再生、生まれ変わりを望む人たちが今も、たくさんこの地を訪れ、山岳回峰行を通して、大いなる自然の声に耳を傾け、真実に立ち返ろうとするのです。

 太古より、吉野山はそんな地であったのでしょう。そして、千年以上の月日の中で、そこにあったのは、自然への畏敬の念と自然回帰への祈りであり、そしてすべてのいのちのつながりに対する悟りと喜び、そんなものがこの吉野の霊場を今に伝えてきたのでしょう。

 私自身、10年ほど前からこの吉野山に通い始め、そして、自分の傷んだ心、罪の意識に押しつぶされそうだった自分の魂を、ここでの山岳回峰行の中で再生していった、そんな思いがあるのです。ある意味、この、日本のまほろばの地で魂の再生を感じ、そして今の自分があるのです。
 そうした意味でここは私にとっても魂の故郷であると同時に、これまで、そして今もたくさんの人の魂の故郷であったのです。心の拠り所、それが我々の子孫永劫に、保たれてゆくことが、今を生きる私たちの重要な役割ではないかと思います。
 
 自然の中で人のあり方を体得し、そして自分を再生していのちの源と一体になる、そんなあり方を伝えてきた、その一つにこの、吉野山の山岳修験道があるのです。

 昨年の正月、息子を連れて参詣道を歩いた際、信じがたい光景を目の当たりにしたのです。

 写真は、参詣道入り口にあたる、修行門からの景です。
私が山岳修行に参加していた頃、この辺りは大木生い茂る、山岳回峰修験道場の入り口にふさわしい霊気を感じさせてくれていた、そんな大木までもが伐採されて、そしてまばらに桜が植えられた、いのちに対して微塵の敬意も愛情もない、そんな光景に唖然とし、そしてその時、この地で自分が動かないといけない、そう発心したのでした。



 参詣道沿いに吉野山の観光の目玉である桜を増やす、そのために、今ある木々を伐り払い、すべてを排除して人間の都合のみで桜だけを育てようとする、そんなことを自然が受け入れるはずがありません。




 こうした人間の愚かさに対して、シカをはじめ野生動物たちはいっせいに攻撃を始めるのです。
 シカが人間にとって不利益な行動を示したとき、現代の傲慢で愚かな人間の発想は、シカを駆除し、囲いを設けて防御すればすべてが解決すると考えて、それを敵として排除することばかり考えて自分たち人間の過ちを振り返ろうともしない、そんな姿勢の先に豊かで温かな持続社会など、全くあり得るはずはなく、ますます人間は自然界の厄介者として、自らの首を絞め続けることにしかならない、そのことに気づいてほしい、方向転換しないといけません。

 そして、鹿よけの厳重な柵で囲ったこれらの木々も、場所によっては大半が枯死しているのです。
 愛のない方法で植樹しても木々は育つことはありません。シカ柵のなかの枯れ木、いったい何から何を守ろうとしているのか。

 木々は、いのちの連携の中で支え合い、情報を交換し合い、生と死を繋ぎ合わせながら、生きているのであって、人間の都合で桜だけを活かそうとしても健全に育ってゆくはずはないのです。
 どうしてそのことに気づかないのか、本当に、叫びたい思いに駆られます。


 
 今ある木々を大規模に伐採し、そして環境に対する何の配慮もなくただ単に桜ばかりをまばらに植える、そして表土は流亡し続け、、いずれ豪雨の際に土砂崩壊を起こすことでしょう。
 環境の劣化、国土の脆弱化は、こうした自然環境に寄り添うことを忘れた私たち現代人の姿勢に根本の原因があるということに気づかされます。



杉の人工林が経済価値をなくし、そしてそれが安易に大規模に伐りはらわれて、今度は桜のみを植える、環境や、他のいのちに対する何の配慮もなく、この、自然から学ぶ場所であり続けた吉野山で大規模に今も行われているのです。

 この状況は、かつて国策で行われた拡大造林、そして現代のメガソーラー等と同様に、天地人に対する畏敬を失った人心の行きつく果ての、末路の光景と言えるでしょう


 戦後の拡大造林による人工林化を支えたのは、国の補助金とお金に目のくらんだ私たち日本人。
 環境を支える広葉樹林を大規模に伐り払い、そして補助金目当てに次々に杉やヒノキばかりを植えて、そして外材流入による木材価格下落とともに、山が放置され、荒れていきました。
 お金だけで集まる人は、お金にならないことが分かったとたんに去っていき、そして自分たちが蒔いたマイナスのタネに対する責任についても一切顧みることがありません。

 そして今は、メガソーラーによる環境の収奪と破壊が、全国を席捲します。すべてはお金、そこには環境を守り継いできた先人への敬意もなく、子孫人類未来への愛情もなく、自分を活かしてくれる自然界に対する畏敬の念もない、その先に人心はますます荒廃し、いのちとしての幸せと安心から人はますます遠ざかってゆくのです。



今ある環境を排除して桜を植える、そんなやり方は、長い日本の歴史の中で、わずかな期間、浅はかな現代だけのやり方であって、かつての日本人の伝統的な方法とは全く異なるものであることを、伝えていかねばなりません。

 自然への畏敬の中で人のあり方を悟る修験道場の地、そこで桜の名所となっていった経緯は今の浅はかな植樹とは全く異なるものだったのです。
 代々、金峯山寺に寄進された桜苗を、生活上の木々の薪炭利用、木材としての間伐利用の後、わずかに空いた土地に苗木を植えてゆくにつれて、少しづつ桜が増えていき、いつしかこの地の山の名所となっていった、つまりは自然に逆らわず、傷めず、時間をかけてそんな環境が育まれてきたのです。
 そんな過去に全く思いを馳せることなく、現代の浅はかな知識で環境に向き合って強引に求める環境を即座に作ろうとしても、自然はそれを永遠に受け入れることはないのです。
 
 吉野山は日本人の魂の故郷、この地から、現代日本に問いかけていかねばならない、そんな思いでこれからも取り組んでいきたいと思います。



 ワークショップ後、ゲストハウスでの飲み会です。
 写真左は、僕らを信じて、大切な植樹フィールドをすべて任せてくれたダイワハウスCSR現場責任者の内田さん、そして右は、吉野町町会議員で代々山守の中井さんです。僕が心から尊敬する、本物の議員です。
 
 人は、無私無念の志の共感の中で支え合い、大きな力となって時代を変えていくものと思います。
 彼らや吉野の仲間なくして、私など何もできません。本当に、この地での活動で得るものの大きさに、ただただ感謝の念ばかりが沸き起こります。



 吉野山でいつも利用させていただくゲストハウス三奇楼にて。
吉野の皆様、そしてここでの活動を共にしてくれる方々、楽しい時間を共有してくれる方々、本当にありがとうございました。
 

 

 

 





 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
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