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雑木の庭つくり日記

御殿場市 倫理研究所の自己完結型ノンインフラへの取り組み 平成29年8月10日
 

 ここは静岡県御殿場市、一般社団法人倫理研究所、富士教育センターです。
ここでは人の生き方を問う先進的な様々な取り組みが行われております。
 その中でも、近未来の日本、地球、人類にとって、もっとも重要な取り組みの一つが、沼津市の民間研究所、高嶋開発工学総合研究所のイノベーション技術である、複合発酵による生活排水の完全リサイクルのシステムを、この広大な施設の中で実証すべく、様々実践しつつ、驚くべき成果を示しているのです。
 昨日、ここを訪れ、施設を見学いたしましたので、報告したいと思います。



教育センター宿泊棟です。管理事務所および宿泊棟のトイレ等の生活雑排水のすべてを、100パーセント飲用可能な水にまでリサイクルされます。
 しかも、ただ単にリサイクルするだけでなく、様々な汚染をエネルギーへと転換した処理水は、河川の浄化、農業利用、土壌環境の再生、生物の生理活性と、様々活用して目覚ましい成果をあげております。



 これは一般的な大型浄化槽ですが、生活雑排水はまず、ここに入ります。
この段階で、無限の微生物が共存、無限増殖する複合発酵培養液を毎日5リットルほど入れて曝気します。
 一般的な浄化槽は特有の嫌な臭いがしますが、ここでは驚くほど悪臭がないのです。



 通常の浄化槽では汚い泡が濁った水に沸き立ちますが、複合発酵培養液を用いたこの浄化槽では、この段階ですでに腐敗は断ち切られ、微生物の複合的な連携が現生して、発酵のサイクルへと向かっているのが分かります。



大型浄化槽に空気のエアレーション装置。



そして、浄化槽から、こちらの発酵槽、合成槽へと排水は導かれて、汚泥等の排出もなく、すべての汚染が生物生理活性のエネルギーへと転換し、清らかで無菌状態の水へ昇華するのです。

 ここも全く匂いはなく、むしろ心地よい空気感すら感じさせられます。



 6つの発酵槽を通り、そのあと合成発酵、合成槽へと処理水を導きます。



 合成槽は6つの曝気槽を通って完全に浄化されていきます。
 バイオ加工されたカーテン状の不織布に住みつく無限の微生物の連携と情報伝達による、あらゆる物質の消失とエネルギー転換がここで起こります。



発酵槽の微生物増殖を促す嫌気発酵系基礎資材。
スターターとして用いますが、ひとたび菌床ができればもう補充は必要なく、無資材で完全循環していきます。



 合成槽を抜けた最終処理水は、そのまま活力の高い活性水として飲用できます。
 風呂トイレ洗濯、台所排水のすべての汚染が発酵浄化され、完全リサイクルがここで実現しているのです。



富士山の伏流水をくみ上げて、ここで複合発酵処理水を希釈攪拌され、そしてそれが様々な素晴らしい結果を表すのです。




ここは施設内の池。水は澄んで、たくさんの生き物がいながらも、川底の水も全く腐敗変敗が起こっていないのです。
 複合発酵処理水を導かれた昨年から、驚くべき水質の変化が見られたといいます。



大量の鯉をはじめ様々な魚はじめ、たくさんの生き物がこの人工池に生育しつつ、それでいて水は驚くほど清らかに澄み渡り、そして鯉の元気さ、病気の不発生が印象的です。

 複合発酵処理水を導入する以前は、フンが汚泥となって池底に堆積し、その汲み出しのたびに、軽トラック2台分くらいの汚泥が発生していたと言いますが、複合発酵処理水導入以来は、汚泥はほぼ完全に消失して、汲みだしが完全に不要になったばかりでなく、様々な生き物がここに集まるようになったと言います。

 

敷地内には田んぼと畑、ビニールハウスがあり、これも複合発酵処理水によって無農薬無肥料のバイオ農法によって健康に生育しています。



ビニールハウス内。



 御殿場市の運動公園に設けられている、高嶋開発による複合発酵バイオトイレです。
バイオトイレは様々試みられてますが、汲み取りも給水も不要な完全リサイクル自己完結型のバイオトイレは、この複合発酵技術以外にないことでしょう。

 すべての汚染は、それを好んで取り込み分解してゆく微生物の複合的な働きを現生させて生態系のエネルギーに変えてしまう、それがこの技術の本質と言えるかもしれません。

 このことに私は、地球人類の未来への希望を抱いております。
汚染を排除するのではなく、むしろ積極的に生態系の循環に取り込んでエネルギーに変えてしまうことで、汚れ尽くされた地球においてもいのちを養う力をむしろ高めてゆくことができる、そんな可能性を感じております。

 すべての汚染の分解消失、そのプロセスは現代科学のレベルでは解明に至りませんが、そもそも自然のことなど、ちっぽけな人間がすべてを理論的に把握できることなど、ありえない話です。
 事実が示してくれるのであって、その自然界で起こる想定を超える事実から、人は謙虚に学んでいき、活かしていかねばなりません。
 
 私もこれから、この技術の普及に努める活動を本格的に始めたいと思います。それが子供たちが生きる未来の地球のために必要なことと思うので、やっていこうと思います。

 次代に先駆けてこうした素晴らしい取り組みをされている倫理研究所、ご案内くださり、どうもありがとうございました。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
施工庭、春の手入れ巡り 2件紹介   平成29年5月15日
 
 今年もまた、春の手入れの季節となりました。
 この時期はまた、庭を造らせていただいたお客さんとのうれしい再会の時でもあります。
 庭を介して、お客さんとこうして一緒に年を重ねていき、そして再会を喜びあう、本当に私たちの仕事はうれしく、ありがたいものとしみじみ思います。

 この時期の庭は一年で一番生き生きと清らかな生気がみなぎり、力をもらいます。昨日今日と、訪ねた庭を足早にご紹介させていただきます。



 ここは世田谷区、等々力渓谷にほど近い閑静な住宅街の一角、Mさんの造園外構工事の竣工は3年前になります。

 とても狭い敷地の中、駐車スペース、門を斜めに配し、版築の土留めと剪定枝柵、手製の木製門扉で結界をまとめてます。



 門越しの景。外から見るとうっそうとした森の様相ですが、中に入ると木々は互いに共存し、風の抜ける心地よい空間が続きます。



門から玄関に続く樹幹のアプローチ。



 玄関アプローチを数mも進むともうそこは別世界、門を振り返るっても道路の雰囲気がはるか遠くに感じられます。



 玄関前室となる風防室は、古材をふんだんに用いて昭和初期のモダンな雰囲気の家屋に合わせて構成しています。ガラス格子扉の向こうにまた、狭いながらも奥庭へのアプローチに続きます。



奥庭となる北側は、Mさんご夫妻の落ち着ける屋外のリビングスペースとなります。



 年数を経て庭は、住む人の心の清らかさをいっぱいに吸い込んで、ますます美しく、清らかに街の景色を潤していきます。庭の表情がより豊かに調和に向かって育ってゆくということ、庭は住む人の心の反映、そんな面が必ずあるように感じる瞬間です。



 そしてここは、千葉市中央区、竣工後一年余りの庭、主庭から裏門へと続くアプローチの景です。
 わずか1年半前までは空き地の草むらだった古都が想像できないほどに、心地よい樹幹のアプローチとして育ってきました。



 裏門の外は縦列駐車スペースです。駐車スペースと言えども、車の重量によって圧密されない土中環境を整えることで、緑の駐車場は可能となります。
 日常の駐車ではなく、来客用の駐車スペースですので、あまり頻繁な利用でないということもありますが、タイヤの跡も轍となることなく、芝生は良好に保たれています。



 メイン広場となる主庭は一年を経て、周辺家屋の気配が全く気にならないほどに、木々が息づき落ち着きを増してきました。






 家際の木立は、四季を通じて心地よい家屋の環境を作ります。
 木々を生かして住まいの環境を心地よく改善しようと思えばまず、この家際の木々の配置が最も大切なポイントとなります。



 主庭脇の園路から中央デッキを望みます。



 駐車場から主庭へ続く園路。

 こうして、庭が育ってゆくことを、懐かしいお客さんとともに楽しむ豊かさは、、何物にも代えがたい宝となります。
 毎年、こうして訪ねるたび、共に年を重ねるお客さんとの絆は深まり、庭を通して生きている実感を共有する幸せ、本当に、自分は今生、一庭師というスタンスを保ちたいと思うのです。こんな時代、不安なこの国、子供たちや生き物たちのよい未来のために、しなければならないことがたくさんありますが、それでも自分の心の原点は庭つくりにあると、そう思います。

 作らせていただいた庭、いつもその時の自分の精いっぱいの想いを投入します。何年経とうが、こうしてその庭に赴くと、作った当時の心境や、メンバーの思い出、出来事、当時の自分、、様々なことが昨日のことのように思い出され、そしてまた、年月の経過を想います。
 
 そして、その場の庭の木々は、黙ってそれを共に感じてくれて、常に心はともにある、そんな温かさに包まれるのも、庭のおかげです。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
連休の山行 子供が教えてくれること  平成29年5月7日
 

 「親(を)想う (子の)心に勝る 親心・・ 」
と言いますが、実際にはそうではなく、親に対して子供の持つ無意識の愛というものは、まるで自然そのもののように温かく、そして無限の大きさをもって降り注いでくれます。そしてそれが無意識のうちにも親を導き、一番大切なことに気づかせようとしてくれている、、そんなことに気づかされた、連休の旅となりました。

 ここは八ヶ岳山麓、湧き出す清流を集めて岩間を伝い流れる、川俣川渓谷。
 今もなお、心身の不調で時折強い痛みを発する私の次男、この日も、この写真のつい数十分前までは一人で歩けないほど痛がっていたのですが、それがこうして磁場のよい山懐に分け入ると、あっという間に痛みは消えて駆け回り、はだしになって岩の上を伝い飛び回るのです。

 ようやく私にも、もともと感性の高いこの子の魂が、私たちに何を伝えようとしているのか、子供の体調と向き合う中で、おぼろげながらも見えてきたように思います。
 彼の曇りなき眼と心で感じるものは、気の世界、良い気に満たされている時や人や場では、こうして元気な姿を見せてくれるのです。

 彼の魂との対話はまるで宇宙との対話のように思えてくるにつれて、ここ数か月ずっと彼は自らの痛みを通して、私たちの心を導いてくれたように感じます。

 忙中の閑、一泊の山巡りですが、心晴れ渡る、会心の山旅となりました。
 道中ざっと簡単にご紹介したいと思います。



 八ヶ岳のすそ野を横断する小海線の橋梁が渓谷を渡ります。
 私にはとても懐かしい路線です。



 水木の相性ずるエネルギーの高い場所は、大人も子供も体中が活性化されます。こうした見えないものへの感性を失わぬ子供たちは磁場の高い岩へと吸い込まれるように登っていきます。



 高原の春は遅く、ようやく芽生え始めた新緑の渓谷に、子供たちは豊かな表情でいつまでも飽きずに遊びます。



 岩間から湧き出す吐竜の滝。



 いのちの源、限りなく清らかないのちの水は、こんなところで生まれて絶えず、生きとし生けるすべてのものに無限の恵みを与え続けてくれるのです。



 椅子型のくぼみのある岩を見つけてそこに座って滝を鑑賞し、悦に入る子。
ずっと痛みに耐えてきたわが子のこんな晴れやかで楽し気な表情を見るにつけ、すべての子供、そして大人が日々、こんな心に戻れる場所がありますように、そんな祈りが自然とこみあげます。





 岩間に張り付き根を絡ませてゆく木々の力強さ、それを育む岩の力



そして翌朝、雪の北八ヶ岳を歩きます。深い残雪の中、春の気配と鳥の声に導かれて歩きます。


 樹幹の体温が周囲の雪を溶かします。




 雪深い森の中、コメツガの幼木は古い下枝で雪を受けてしなり、それが傘のように幹を雪から守っています。その姿はまるでフウチョウのような滑稽さがあります。
 寒山に生きる木々の智慧を感じる光景です。



岩の上に根を下ろす木々、おおよそ原生の森は、倒木や岩の上にこぼれ落ちた実生が成木として生き延びていきます。



 森の瞳のような、氷の白駒池。吸い込まれるような透き通った空の下、この地の営みは太古から変わらず季節を繰り返し、いのちを養います。



ランプの宿、懐かしの高見石小屋。
20年ぶりの訪問でしたが、変わらぬ温もりに心満たされます。




 高見石の上に登ると、そこに八ヶ岳周辺の大パノラマが開けます。



 街や学校では、階段を登れぬほどに痛み消えぬ子ですが、神々しく息づく環境に身を置くとすたすたと飛び回り、はい回り、そして晴れやかに、まるで細胞の一つ一つが瞬時に入れ替わるがごとく再生されるようです。

 人は自然の一部、とはよく言う使い古しの言葉ですが、それでも永遠の言葉なのでしょう。
 自然環境の健康なくして人の健康はありえない、それを教えてくれるのが子供たち、彼らが心生き生きと輝いていられる環境こそ宝であり、それこそが何を差し置いても大切にして育まねばならないものなのだと、改めて感じさせられます。
 
 私たち大人よりもはるかに優れた存在、いつも神様の隣にいるのが子供たちです。
 私たち大人、そして社会は、そんな子供たちから学び、日々の暮らしや心模様を軌道修正してゆくことが、今もっとも大切なことのようにに思います。

 自然のメッセージを受け取る子供の心に大切に向き合い、邪魔をせず、学び合い、育ちあいたいものです。

 この山行の最後にお会いした知人がこう言いました。

「それが子供の親への愛ですよ。本当に、子供の愛は、時に自分の命と引き換えにしてまで、親に大切なことを気づかせようとしてくれますから・・」

 すべての導きに感謝があふれます。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
新年度、再出発に感謝を込めて    平成29年4月14日


 ここは東京都江戸川区、自家焙煎カフェブレスミー、窓越しの新緑です。
 クリスチャンのマスター夫妻が軽井沢のショー記念礼拝堂の雰囲気を模して建て、12年ほど前に下町瑞枝の住宅地の片隅に、このお店を始めました。

 私がブレスミーのご夫妻とお付き合いさせていただき始めたのはもう、9年も前のことになります。
 あの頃は、息絶え絶えで毎年大量のイラガが大発生していて弱々しく生きてきたメインツリーのカツラの木も、今では3階屋根を超えてのびのびと、柔らかな木漏れ日を揺らして、近くを通る人やここを訪れる人に、和みの恵みを降り注ぎ、そしてこのカフェで一時を過ごす人の心を温かく、優しく癒してくれるのです。

 本当に、どんな人でも木々草木の癒しを感じて生きることが出来さえすれば、たとえどんな困難な時期であっても、心を見失うことなく希望を捨てずに生きていける気がします。
 人と草木の命を繋ぐ、一隅を照らさせていただく自分の仕事によって私たち自身も育てられ、そしてたくさんの喜びを実感させられます。

 庭のそばの窓辺のテーブルは訪ねるたびにいつも座らせていただく僕のお気に入りの特等席。
 ここから揺れる枝葉を見ていると、そのまま、木々の命のやさしさの中に、溶けていきそうな錯覚すら感じます。
 
 今日、近くで始まった造園工事現場の帰りに、ここに寄り道したのです。




 再開発に伴って区画整理された乾いた住宅地にあって、ご夫妻の愛情をいっぱいに受けて、このカフェの木々は街角を豊かに潤しています。
 木々にとって決して良い条件とは言えない環境ながら、木々はひたむきにこの地に根を張って環境を少しでも良くしようとし、そして小鳥や虫たち、人に至るまであらゆるいのちに安らぎを与えようとしてくれるようです。



カフェブレスミー、玄関の案内板の文言に、マスター夫妻の、限りなくきれいで温かな人柄がにじみ現れます。
案内板にはこうあります。

 大きな花は 目につくけど、

 小さな花は あなたが 目を向けてあげないとみつかりません

 足元の自然は きっと何か教えてくれるでしょう・・・・


 今年、この数か月、私事でたくさんのことがありました。
 全ての試練が一度に襲い掛かったような、つらい時間がたくさん繰り返されました。
 そして同時に、たくさんの人の温かみと包み込まれるような幸せも、同時に繰り返し感じさせられ、生かされ導かれていることを実感する、この不思議な期間を日一日と過ごす中、自然の意志を信じて生きることに迷いはなく、そして希望を失うことなく、ようやく出口が見えてきました。

 カフェブレスミーの奥さん、そして、尊敬する裏千家茶道のS先生も、聖書の言葉を伝えてくれました。

「神様は その人にとって乗り越えられない試練を人に与えることは決してしない。
 そして同時に、神さまはちゃんと暗闇のトンネルの出口も用意してくれている。」

 「どうしてこんな時に、これほどたくさんの試練が重なって、襲うのだろう、、、。」
 そんな気持ちになったこともありましたが、今はすべてが導きであり、天地人の愛に深く気づくための、大切な時間だったように思います。
 遅い桜の開花と同時に、私たちも新たなスタートを静かに、きることができました。
 


 数か月もの間、繰り返される原因不明の痛みに襲われ続けた次男、おかげさまでここ数日、ようやく出口を見出すことができました。
 ご心配下さった方々、力を貸してくださった方々、本当にありがとうございました。

 快方の兆しが見えてきたとはいえ、まだまだ現在進行中ではありますが、本当に、わがことのように親身に寄り添ってくれた皆様のおかげで、ここ数日で大きな変化が確信になりました。もう大丈夫だと思います。

 この数か月、たくさんの涙を見ました。家内も僕も、ひとりの時にひっそりと涙を流すこともありました。みんな、そんな時期を超えて、温かく深く、育てられるものなのでしょう。

 心労で一時、片目の視力を失いかけた家内のことを、毎日激痛に耐え、疲れ、衰弱する次男が、自分がそんな状態なのに、お母さんを心配して優しくいたわる姿、声、それを思いだすたび、涙とともに胸に温かいものがこみ上げます。

 私たちにとって、大切なことは何か、改めて気づかされ、支えられ、そして私自身、様々人生の軌道修正に至りました。

 みんな、一人ではありません。苦しい、悲しい、そんなときこそ、地球のすべての命のぬくもりと再びつながる、そんな気付きを与えてくれるかのようです。

 苦しい時を親身に支えてくださいました、心温かい皆様に心から感謝申し上げます。




さて、ここはカフェブレスミーに近い、東小岩の住宅地、今日はここに、造園仮工事に訪れました。
新たな家が立ち並ぶ周囲に、豊かな緑はどこにもありません。そんな中、私たちが手掛ける庭空間が、その地域の緑を感じる拠点となっていき、そこでの営みが人の心を潤し癒すことにつながってほしい、そんな思いで向かい合う、庭作り、庭を介してのお客様との心の交流は本当に私たちの財産であって天職に思います。


 本当にありがとうございました。


 

 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
病が教えてくれること     平成29年3月12日


 子供の寝顔ほど、親を無上の幸せに導き癒してくれるものもないものでしょう。
 ここ2か月近く、原因不明の体中の痛みに耐える僕の次男と向き合いう暮らしが続いております。

 お待たせしているお客様、個人的な事情で大変恐縮ながら、家族の病と仕事との両輪の暮らしが続き、仕事の予定がずれこんでしまっております。
 どうかご了承のほどお願い申し上げます。施工が始まれば、私は常にその時の自分の最善を庭環境作りに尽くします。
 人任せにすることなく、私自身が施工の最前線で常に自分の心を投入してきましたし、これからもそうありたいと思います。
 いつもお客様にはお待ちいただくほかないものですが、待ってくださるお客様の存在はとても大きな励みになります。心からの感謝を込めて、これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

 息子の不調のことで、大変多くの方に心配をおかけし、そして様々、応援してくださいました。おかげさまで息子は、断続的に強い痛みに襲われながらも、行きつ戻りつ、体の力は回復してきているように感じます。
 この間、自然と一体であるべき体の力を再生する視点での様々な治療、驚くべき効果の療法を知りました。
 環境が壊滅的なまでに急速に衰える今、環境の一部である人も健康でいられるはずがありません。しかも、そのツケは常に小さな命、子供たちが大きく背負うことになります。
 そうした、いのちの連鎖に起因する体の不調に対して、現代医学の視点ではとてもとても問題解決に向かいません。現代土木建築もそうであるように、自然の流れと対峙するあり方の先には、極端な言い回しに聞こえるかもしれませんが、行きつくところ、壊死と行き詰まりしかないのが事実だと思います。

 私の息子は本当にありがたいことに、心あたたかな様々な方々が助けてくださり、優れた「民間療法」と言われるものをいろいろ紹介くださり、おかげさまで体の力も徐々に回復しつつあります。
 病という神秘、今回のことでは本当にこの上ない幸せを、息子も僕も実感させられました。たくさんの人の愛を感じ、そしてまた、世界のすべての命との確かなつながりを実感させられました。

 次男の不調は長い時間をかけて知らず知らずの間に体を傷めてきたもので、一朝一夕に「治る」というものではありません。
 でも、今ほど、息子とのつながり、いのちのきずなを実感できるときはこれまでになく、私たちは間違いなく、本当の幸せの中に包まれる、不思議な実感を共有しています。
 
 幸せとは何か、それは、自然の真理、意志に触れる機会を受け入れるものには確信をもって与えられるもの、そんなことを感じさせられます。



 今日は千葉が誇る自然酒蔵元、寺田本家の蔵祭り、痛みの中にいながら、「どうしても行きたい」という次男を連れて歩く、駐車場からの道中、足の痛みで何度も休憩しながら、酒蔵に向かいます。
 写真は長男が撮ってくれました。僕と次男です。思えば、僕は自分のやるべき使命に追われ、家族のことはほったらかしだったかもしれません。次男の病はそんな私に家族と向き合う時間を与えてくれたのです。どれほど大切な存在か、分かっていたようで実は、おろそかにしていたように思います。

 子供に学び、そして共に育つ、そこにあるのは天地につながる無限の愛以外、なにもありません。
  そんな気付きの機会を与えられたこと、天に地に人に、無限の感謝が沸き起こります。



 そして、小6の長男のこと、卒業前に自分の夢をマップにする、小学校での課題作品。
息子の将来の夢、「人を笑顔にできるような医者」、、そして息子の願いは、家族の健康、世界の平和、豊かな環境、そんな思いがこのマップから感じさせられます。
 自分だけの幸せを求めるのではなく、あらゆるいのち、そして地球上のすべての人たちの平和と幸せを求めて生きられる人になってほしい、それが本当の人の幸せなのだから。そんな親の願いが確実に伝わっていたと思うと、とてもうれしくなります。
 
 今日の投稿は親ばか特集になりました。

 次男の体の再生の切り札となったのが、ある方に紹介されたバイタルリアクトセラピー&ドイツの波動療法バイオレゾナンス、その治療院の先生曰く「人はみんな、地球の中心の一点に向かって立っている。なのに争うなんて、いかに我々はちっぽけな視点で生きていることに気づかされますね」

 地球の命、我々人間は地球の一微生物、一細胞にしかありません。地球を食い物にする文明の在り方が、難病を増やし、本当の幸せを奪い、いつしか人は自然の一員であることさえも忘れてしまいつつあります。
 
 そんな時代において、いのちのきずなに気づきを得る人も爆発的に増えていることも確かに感じます。

 下記に、私が大きな敬意をもって共鳴する医師の著述を紹介したいと思います。

「私たち人を含む地球上のすべての生き物は、地球の地形が変わったもの、つまり、地球の化身・分身・子供のようなもの、と言えます。
 すなわち、地球を傷つける全ての行為は、まわりまわって、私たち自身を傷つける結果になるのです。
 なぜなら、もとをたどると、私たちの体を作る材料は地球なのですから。
 同時に、未来の子供たちの体の材料でもあります。これを忘れてはいけません。
 「自然は未来の子孫から借りているもの」というネイティブアメリカン・ナホバ族のことわざがありますが、まさにその通り。
 現在、私たちのしていることが未来の子供たちの健康をも左右することになるのです」
(本間真二郎著 病気にならない暮らし辞典より)



 現在施工中の、Kさんの庭。朝の庭の写真とともに送られてきたメールを下記にご紹介させていただきます。

「おはようございます。最近きなこ(柴犬くん)の朝の日光浴の定位置です」



「それを見た愛莉(Kさんの娘)が、内から外へ。朝から楽しい時間が流れています。
おかげさまで庭との距離がぐっと近づきました。ありがとうございます」

心温まる、ありがたいメールでした。


僕は環境の再生、身近な環境劣化の問題の本質を伝えることに奔走しながらも、常に家庭に息づく庭環境を提供し続けています。
 僕は、現代の技術や暮らし方のなかで、劣化した環境を再び、癒しの環境へと導くこと、それが今の僕の庭作りと思い、その想いは今、いささかも揺らぐことはありません。
 そして、人も木々も微生物などの小さな命も心地よく、健康な木々草木に導かれ心身健康に育ってゆく、そんな環境を作り続けたい、気づきの場。
 その中で、子供たちは調和を学び、自然の本質である無償の愛に気づき、そして平和といのちの共存を志向する、そんな人という生物本来の健康で幸せな在りように立ち返る、そんなお手伝いが少しでもできたら、そんな思いを込めて、全力で庭を作り続けてまいりました。

 自然には意志があり、病もその一つで、人が浄化されるべき過程と思えば、しっかりと向き合うことで体も心もより良い方向へと導かれるものと感じます。

 無限の愛、それこそが自然の本質であるということ、今は素直にそのことを受け入れられます。
 心の底から感謝です。

 




 



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
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