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雑木の庭つくり日記

千葉市緑区の庭 完成       平成24年10月22日
 先週末、地元千葉市緑区のSさんの庭が完成しました。



木々の影が壁面に揺れて、植栽によって家屋の美しさが一層引き立ちます。



 南庭家際の雑木幹のラインと水鉢。



東側のサービスヤードもすっきりと収まりました。



 縦列駐車スペースとなる家屋西側にも、家際窓脇には夏の西日を緩和する植栽が、家屋ぎりぎりに配されます。
 来年の夏には濃い枝葉が茂って夏の西日を緩和してくれることでしょう。



 廃瓦チップの駐車スペースと玄関アプローチ。



 南西側 駐車スペースから見た木々越しの家屋の表情。これが完成直後の庭です。
私の地元にまた一つ、自然樹木に包まれた住まいの森が誕生しました。

 よい住まいになりました。
 設計から施工まで、大変長らくお待ちいただきました上に、職人一人一人に至るまで、とても温かく接してくださいましたSさんご夫妻に心からの敬意と御礼を申し上げます。




投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
海辺の記念植樹       平成24年10月20日



 ここはジェフ市原のホームグランド、東京湾岸埋立地工場跡地に立地するフクダ電子アリーナです。
 アリーナ周辺は臨海スポーツ公園として、千葉市によって緑化整備が進められています。
今週、この公園において、地元千葉中央ロータリークラブの寄付による記念植樹をさせていただきました。



 植樹場所はアリーナ正面メイン広場、埋立地の一角に将来長きにわたって永続する大木を育てます。



 2m40センチ四方の植樹プロットの配置を検討しています。



 
 植栽土壌改良のため、固い土壌を深くまで掘り下げていきます。
ここ、アリーナ周辺は潮風が強い埋立地で、もともと川崎製鉄(現JFE)の工場跡地のため、植えられた木々はなかなか良い状態にはなりません。

 「この公園は海風が強い上に土壌も悪く、何を植えてもよくならない。どうしたものか。」

 千葉市都市局公園建設課職員の方からそんな相談を受けたのがきっかけで、この海岸埋立地に、数百年の大木を育てるための記念植樹をさせていただくことになりました。

 こうした悪条件の下で樹木を末永く健全に育ててゆくためには、それなりの手法が必要になります。

 掘ってみると、地下60センチ程度の深さで、締め固められて岩盤のようになったスラブが出てきて、その下はどこまでもそのスラブが続いています。
 海辺の埋立地、しかもこんな条件の悪い地盤で普通に植栽してもよい状態にならないのは当然です。





 将来長きにわたって郷土の大木をこの地に育てるためには、このスラブを破砕しなければなりません。
 重機でも歯が立たず、削岩機を用いてスラブを掘り下げていきます。



 苦闘の末、地下1m50センチまで、執念で掘り進めました。



 埋め戻す前に、土盛りのための土留めを作ります。海岸沿いの埋め立て地で数百年の大木を育てるためには、盛土による通気性の改善が効果的です。



 そして、客土埋戻しのために用意したのは、乾燥させた剪定枝6㎥(写真奥)に、剪定枝を2年間堆積してできた腐葉土5㎥(写真手前)です。



 分解が進んだ腐葉土と、数年間堆積乾燥させた剪定枝をサンドイッチしながらほっこらと埋め戻していきます。



 これを繰り返して、空気層を土中に作りながら盛り上げていきます。



 現状の地盤高さまで埋め戻しが完了しました。



 植樹していきます。
 樹高4mの2本のシイノキを主木として植栽し、潮風や日照を緩和するためコナラやオオシマサクラなど、海辺に強く根の生育が早い落葉樹種を周囲に寄せ植えしていきます。

 

 高木にスダジイ、オオシマザクラ、ヤマザクラ、コナラ。中木にユズリハ、ウバメガシ、マサキ。
そして低木にハマヒサカキ、シャリンバイ、アジサイ、クチナシ、ハイカンツバキ。
 さらには、千葉の潜在自然植生樹種である、シイノキ、タブノキ、シラカシなどのポット苗を18ポットほど混植し、多層群落の小樹林がここに出現しました。

 主木として植えたスダジイ2本が健全に育ってくればベストですが、ポット苗で植えた樹木の勢いが優れば、いずれそれらが追い越してゆくでしょう。



植栽後、稲わらを敷き詰めて地表を保護し、藁が風邪で舞い散ることのないように麻縄で結わえつけてきます。



 多種混交の自然林のような樹木群落です。



 樹木群の下に植えた、常緑広葉樹のポット苗。小さくとも、大木になる力を秘めた木々の赤ちゃんです。
 未来永劫に渡って強く育ってゆく樹林つくりのためには、その土地本来の自然樹木の多種類混植し、密植して競争を促すことが大切です。



 盛土高さは60センチ、そして地下150センチまで土壌改良を施しています。木々は競い合って伸長し、根を伸ばし、特にコナラなどの落葉高木は順調にいけば10年程度で深さ2mの根系に達することでしょう。
 いずれ、常緑広葉樹がこの地で健全に生育している状況を確認の後、土地本来の照葉樹林に移行させるために、おそらく10年後には、少なくともコナラだけは伐採する必要が生じると思います。
 それまでの間、ここに植栽した5本のコナラは常緑広葉樹を守り、根を伸ばして土壌を改善し、そして伐採後の根はゆっくりと分解されて土壌の栄養となるのです。

 樹木にとってここは非常に過酷な場所ですが、ここに子孫の代に至るまで、健全に育って大木となる樹木を育てるべく、これからの緑化の在り方を問いかける試みが今、ここに始まりました。

 この試み実現のために尽力された千葉市都市局公園建設課の石野さんはじめ、今回の植樹にご理解ご協力くださいました行政の関係者方々に心から御礼申し上げます。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
「これからの雑木の庭」 書籍発売のお知らせ 平成24年10月17日



  本日、出版社より、10月19日書店発売開始の著書が送られてきました。
 この本の取材開始からほぼ1年。感動です。

 主婦の友社 「これからの雑木の庭」 ムック本です。興味のある方はお近くの書店、造園・園芸コーナーまで、ぜひお買い求めくださいませ。
投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
南三陸町 いのちの森つくり    平成24年10月15日


ここは三陸リアス式海岸の南端、豊かな海の幸と共に生きてきた宮城県南三陸町です。



 美しい水面に光が揺れて、何とも言えない美しさです。志津川の河口に当たるこの海は、志津川周辺の豊かな森の養分が海に流れ込み、それが昔からよいカキの養殖場を育ててきました。
  海と川に恵まれた美しく豊かな河口域に集中していた南三陸の街は、先の津波によって壊滅的な被害をこうむりました。
 この美しい海と共に生きてきた多くの住民の命が、一瞬にして奪い去られ、そして海や川や森と共にあった豊かな美しい街は、1日にしてその多くが消えてなくなりました。
 この、美しく静かな海の景色からは、そのことがなかなか想像できません。が、津波が破壊して消えた街跡は今もそのままで、街の跡地を見ているとあの日の出来事の恐ろしさが目に浮かぶようです。



 津波の到達した山林の杉は、塩害によって見事にすべて立ち枯れました。山林の下方のみが縞状に見事に枯れている景色に、なにか不思議な気配を感じます。



 植林された杉は、津波に浸かった高さまですべて枯れてしまったのに対して、岩盤のために植林ができずに自然のままに残された広葉樹林は、同じ高さで津波に浸かったにも関わらず、大方が枯れることなく青々とした葉を茂らせていたのです。
 これがその土地に適応した木々の力というのものなのでしょう。



津波に浸かって枯れた杉林の林床で、この土地の気候帯に潜在的に生育するヤブツバキも、何事もなかったように健全に生き延びています。



 少し離れた松島の海岸沿い、ここでも今回の津波に何時間も浸かっていた場所にも、タブノキの幼樹が生き生きと命を繋いでいました。
 南三陸町の町の木がタブノキであるように、緯度は高くとも海の暖気が届くこの土地の気候帯では、暖地性のタブノキのような常緑広葉樹が優先し、潜在的な自然植生として適応して生育していたようです。
 こうしたその土地本来の木々は、これまで何度も襲ってきた津波にも耐えてその命を繋いできたのでしょう。



 この地に古くから鎮座してきた小さな神社も無事でした。津波はその下、数m足らずの高さで止まり、小さな社殿には到達していません。地元の人の話では、この地はこれまでに3度、大津波に襲われてきたと言います。その都度街は流されましたが、この社殿までは一度も津波は到達しなかったと言います。
 このような地に社殿を建てた古来の叡智に、なにが本当の大切なものなのか、考えさせられる気がします。



 壊滅したこの街に再び、津波に負けない本物の森を育てようと、昨日植樹祭が行われ、町民だけでなく全国から100人以上のボランティアが集まりました。



 植栽樹木は、タブノキ、スダジイ、ウラジロガシ、アカガシ、シラカシ、を主木に、ネズミモチ、モチノキ、シロダモ、ヤマザクラ、イタヤカエデ、オオモミジなど、潜在的な常緑広葉樹を中心に十数種類を密植混植して、競争させながら自然の森を再生していきます。

 こうして作られたこの土地本来の木々による森は、今後必ず再び訪れる津波にも負けずに力強く命を繋ぎ、災害時の住民の避難場所になるだけでなく、土地本来の豊かな森がまた再び良い漁場や養殖場を育ててくれることでしょう。



 植樹指導は、横浜国立大学名誉教授、宮脇昭先生です。本物の森、いのちの森を再生すべく、84歳になった今も、1年のうちの大半は植樹のために世界を駆け回っておられます。
 何度お会いしてもエネルギーの塊のような方、天命を与えられた人というものはそういうものなのでしょう。



 宮脇先生の隣でネズミモチの苗を掲げるのは、女性造園家のホープ、高田造園自慢の社員、竹内和恵です。(これは余談でした・・。)

 大体、こうしたイベントに率先して参加する若者は、確実に女性の方が元気なように感じます。将来のまともな日本を再生するのは女性の力なくしてあり得ないことでしょう。
 これだけの災害を経験しながらも、ごちゃごちゃ言って世の中を何も変えられない日本のだらしない男社会。これからの時代はこうした夢と志溢れる有望な女性に担ってもらわねばなりません。
 と言いつつ私は男、力強い女性たちに負けずに頑張らないといけません。



 大地に植えつける前のポット苗を水につけてたっぷりと水分を吸わせます。



 そして、枯れた杉林跡地の急な斜面に苗木を運び上げて、みんなで分担して植えつけていきます。



 
 苗木を植え終えた後には、表土を守るために枝葉をかぶせていきます。この急な斜面に手分けして、手渡しでマルチに用いる枝葉を運び上げていきます。
 子供も女性も急な斜面をものともせずに、将来の森の姿を夢見ながら、作業が進みます。これが数人での作業なら、どれだけ時間を要していたことか、そう思うと大勢の人が力を結集することの素晴らしさを実感します。 



 植え終えた斜面を見上げます。被災した山林のほんの一隅です。これがこの街全体、そして日本全体に繋がってゆくことを夢見て、そしてこうして黙々と共に汗を流す人がいるのです。
 日本も捨てたものではありません。一歩を踏み出す人がこうしてたくさんいるのですから。



 いのちの森つくり、壊滅的な被害を受けた南三陸町でこうしてはじまりました。



 植樹祭の最後に、皆で「ふるさと」の合唱です。




植樹に参加した子供達のまなざし。

「山は清きふるさと 水は清きふるさと 忘れがたきふるさと」

 私たちが伝えるべきこと、この教訓を生かして、何が大切かを考えること、そして、豊かな自然とふるさとの心を子孫に伝えること。

 この日の植樹のために準備された多くの方々に、素晴らしい経験をさせていただいたことに参加者の一人として厚く御礼申し上げます。


投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
千葉市緑区の庭 あと少し    平成24年10月12日



 千葉市緑区Sさんの造園外構工事、いよいよ仕上げの段階になりました。



 長い年月、おそらく一生の間を過ごすのが家というものです。その家族にとって、長い人生の大切な癒しの場であり心の拠り所が家であり、そして庭なのです。一軒一軒の庭、すべての庭に全力で取り組み、常にその時その時の自分のマックスの集中力で作り上げていかねばなりません。
 その中で、最も大切なのが適切な植栽配置と、適切な植栽組み合わせだと思っています。
 日々、木々に包まれて心豊かな人生を送っていただくために、庭つくりの要は植栽です。
 植栽は、仕上げたその時の見栄えのよさが目的ではなく、その後の長い年月にわたってどのように住環境としての木々を育成管理していくか、そして良い住まいの環境へと育て上げてゆくか、先のことを考えて植えていく必要があります。



 2階窓を潤す雑木の枝先。植栽直後ですが、これから月日と共にさらに深い景色の中に家が溶け込んでゆくことでしょう。



 主庭脇に設けたベンチの佇まい。



 南側の主庭から東のサービスヤードに至る道も、木立の合間を抜けていきます。



 サービスヤードに設けた立水栓。かがむことなく立ったまま使える流し台は、庭暮らしの楽しみを倍増させてくれるでしょう。



 東側家脇のサービスヤードも木漏れ日の下の快適な空間に仕上げていきます。



 枕木2本を建てただけの門柱。雑木の森の住まいにはこのくらいの軽やかさがよく似合います。
庭は生活空間であり、その家族にとっての一期一会の生活環境です。

  良い住まいの環境となるよう、一軒一軒真剣勝負で仕上げていきます。



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
         
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