台風後の千葉大記念樹林 平成24年6月22日
季節外れの台風直撃によって、植栽したばかりの庭を中心に風倒木が発生しました。夏を越して根付いてしまえば大型台風にも十分に耐えうるのですが、植栽して初めての初夏は木々も懸命に根を伸ばしている最中で、この時に根が引きちぎられると致命的なダメージを与えてしまいます。
そんな中、数か月前に植栽した千葉大学の記念樹林、千葉大学同窓会の方から台風後の様子の写真が送られてきました。
まだ木々は完全には根づいていないはずなのに、一本も傾くこともなく無事だとのご報告でした。
ありがたく、移植直後にもかかわらず台風に耐えてくれた木々がいとおしく、感謝の思いに胸が熱くなります。
また、私たちが植栽させていただいた記念樹林を大切に思ってくださる同窓会の皆様と、この木立に対する愛情を共有できることが心強く、かつ温かな喜びに心満たされます。
台風の度、眠れぬ夜となるのは木を植える我々の宿命なのかもしれません。
木々の中の住環境 平成24年6月14日
梅雨の晴れ間の今日は、昨年竣工の千葉県鴨川市、Tさんの庭を訪れました。
竣工からちょうど1年が経過し、初夏の緑は昨年に比べて一段と濃さを増していました。
昨年植栽した木々の向こうの家屋が落ち着いた佇まいを見せています。
昨年積んだ石垣も、樹木の下ですっかりと落ち着いた表情を感じさせています。木々が家屋の表情を和ませ、そして駐車場に心地よい木漏れ日を落とします。
玄関の石段周辺。写真左側が既存のエノキの森。そして右側が新たに石を積んで植栽し、この素晴らしい環境の中に家屋を溶け込ませようと試みました。
木漏れ日の下の涼やかな玄関アプローチ。施工後1年ですっかりとこの土地の雰囲気になじみました。
アプローチ石段から見た、木立の向こうの玄関の風景。
室内から見た玄関外の風景。
室内リビング、窓越しの景。
キッチン北窓からの風景は、家屋際に植栽した近景の木立と、もともとあった自然林のエノキが繋がり、あたかも森の中に住んでいるような落ち着きを感じさせてくれます。
2階ゲストルーム窓越しのエノキの大木。
そして、家屋東側のエノキの大木が家屋をの景を一段と引き立てます。
家際に植栽した木立の緑が、2階窓を通して室内に映り込み、心地よい緑色の光が部屋を染めるよう。
豊かな自然環境に恵まれたTさんの住まいでは、敷地のすべてが美しく見飽きることのない風景になります。
しかし、どんなに周囲が恵まれた自然環境であっても、家の近景となる緑があることではじめて、住まいの居心地は本当の意味で落ち着いたものとなるものです。
こうしたロケーションで、その近景を作るための造園は、常に周辺の美しい自然を賛美し、風景をより引き立てつつ、周囲の自然環境のよさを住まいの中へと引きこんでゆくように、控えめな配慮が必要に思います。
近景の木々を植えることで、周辺の風景と家屋が一体となる。こんな恵まれた場所での造園の意義は、そんなところにあるような気がします。
街を潤す外周植栽 平成24年6月8日
まだまだ終わらぬ千葉県佐倉市Aさんの庭。瓦漆喰壁の外壁が完成し、外周沿いの高木植栽が始まりました。
外周植栽は塀の前後の高木植栽から始まります。塀は敷地側に1m以上後退して設けることによって、塀の前面に大木の植栽スペースを作りました。
塀外の植栽が通りに木陰をつくり、、そして外側と内側との双方の植栽された木立が塀を挟んで立体的につながってゆくことで、敷地の外周部分を柔らかくなじませていきます。
外周植栽はまだまだこれからなのですが、風景を潤す木々の力は絶大です。
阿蘇 熊本 「雑木の住空間」取材の旅 平成24年6月2日
ここは、世界有数のカルデラを誇る熊本の阿蘇外輪山です。赤毛牛の放牧地として長年利用されてきた外輪山では、かつては放牧のために維持されてきた草原が、阿蘇の観光資源として今も変わることなく維持されています。
火の国、熊本は阿蘇山を置いては語れません。
今年10月に発売する書籍「雑木の庭空間をつくる」の取材と撮影のため、5月末に熊本を訪ねました。
熊本の山間部の名勝 菊池渓谷です。南国とは言えども、標高差の大きい熊本では実に多様な自然樹木がみられます。
ここでは、ケヤキ・イロハカエデ、イタヤカエデ・フサザクラなどの落葉樹の下にはカシノキ、シイノキ、モチノキ、アオキ、ホンサカキなどの常緑樹が階層状に生育し、豊かで独特の美しい自然林を構成していました。
豊かな自然の恵み溢れる火の国熊本。ここでは自然樹木が生み出す心地さを街づくりに活かす試みがあちこちでなされています。
ここは黒川温泉。全国的に有名なこの温泉には平日も関係なくいつも全国から観光客でにぎわいます。街ぐるみで植えられ育てられた雑木の木々が、この温泉街を非日常的な癒しの空間を作り出しています。
もともとは山間の廃れかけた温泉街だったのが、街の人たちの努力で毎年少しずつ雑木を植えて、そして今では周囲の自然環境にすっかりと溶け込む、日本一魅力的な温泉郷が再生されたのです。
自然豊かな山間地だからこそ、そこにある街も周囲の自然環境を街の中に引き込むことで豊かで美しく、その土地らしい生活環境が生まれます。そして、そこに癒しを求めて多くの観光客が集まるのです。まさにこれが人の心を癒す木の力と言えるでしょう。
黒川温泉の通りは、ほぼすべてが木々のトンネルの中にあります。こうした木々はすべて、この町の人たちによって少しずつ植えられ育てられてきたのです。
「人を呼びたいが金がない。だから自分たちで木を植えて、美しい街にしていこう。」
地元の人のそんな想いによって、熊本の山中に全国から人が絶えない素晴らしい温泉郷が再生されたのでした。
そしてここは阿蘇神社 一ノ宮門前町商店街です。豊かな木漏れ日の下を平日でも多くの観光客でにぎわっています。
今では年間で30万人もの観光客が訪れるこの街も、20年前は観光客ゼロの普通の田舎のさびれた商店街だったというので驚きです。
今から13年前、緑などなかったこの街に、商店街の一人の方が3本の桜を植えたのが、街の再生のきっかけとなりました。
その後は毎年少しずつ、今も立ち止まることなく、隙間を見つけては木々を植え続けているのです。
木々の調達と植栽を実際に依頼されたのは阿蘇の雑木の庭師、グリーンライフコガの古閑勝則氏です。古閑さんはこの依頼を受けて、地元の街への恩返しの気持ちを込めて、はじめはボランティア同然でこの事業を力強く牽引していったのでした。
献身的で信念溢れる古閑さん達の熱意によって、商店街の人たちの意識も変化していったようです。そして、全国でも随一というべき奇跡の街並み再生が、この町の人達自身の力によってなされたのです。
よく見ると、植栽は建物際の幅数十センチという、ほんのわずかなスペースです。
建物際のわずかなスペースを供与し合って植栽された木々の景色がつながってゆくことで、町全体が潤い溢れる美しい姿へと変貌してゆくのです。
「こんな田舎だから、みんな金がない。金がないけど、街のために何かできることをしようと思ったとき、木を植えようと思いついた。そして、木を植えたらなんとなく街がよく見えてきて、いいもんだなあと思った。もっと木を植えようと思って商店街のみんなに協力してもらった。木が増えたら人が集まった。」
一人のそんな思い付きと行動が、この町を奇跡のように再生したのです。
街を案内してくれた町会副会長の宮本さん。赤いシャツの背中に「阿蘇人」と書かれたその後姿からこの町に生きる誇りと自信が溢れだしています。
宮本さん自ら、街の地権者の許可を乞い、そして植栽のために自ら汗してコンクリートやアスファルトを剥がし、今もなお、街の木々を増やし続けているのです。
木を植える男、ここにもあり、私自身、震えるほどの感動を覚えます。
宮本さんは言います。
「商店街には緑が合う。しかも、列状に植えた街路樹ではなくて、こうした自然な佇まいの木々がよく似合う。
自分たちの故郷をよくするために、ごちゃごちゃ考えていても始まらない。できることをとにかくやるだけだ。
夢を見るならその夢をつかむ努力をしなくちゃいけない。それから、現状に満足しないことが大切だ。」
この商店街では今も毎年少しずつ、商店街の人たちの要望で木々が増え続けているのです。
「木を植えることは未来を植えること。」宮脇昭氏のそんな言葉が頭によぎります。
ここは阿蘇、内牧温泉の一角にある観光施設「はな阿蘇美」です。施設を覆い尽くす木々は3年前、この施設を委託管理することになった今のオーナー中山謙吾社長によって植えられました。
実際に植栽設計施工されたのはもちろん、阿蘇の先進的な庭師、古閑勝則氏です。
施設の中のドームには色とりどりのバラの花が咲き誇ります。
もともとはバラ園と言ったイメージの強い観光施設だったのですが、中山社長は言います。
「ここは日本。美しいバラはこのドームの中だけでいい。外は阿蘇らしい自然樹木で包まれているのが当たり前。それが一番の観光資源で心地よい。」
施設を包み込む雑木林は、中山社長がこの施設の委託管理を引き受けた後に植栽されました。
それまでは木陰もなく、潤いもなく、これほど大規模で充実した総合的な観光施設であるにも関わらず、訪れる観光客の滞在時間は短く、経営的にも赤字が続いていたようです。
それが、こうして森となり木陰が生まれることによって観光客の滞在時間もリピーター率も格段に増し、結果としてようやく経営的にも安定してきたと言います。
何気ないのが木々。しかし、その恩恵は何物にも代えることができません。
はな阿蘇美でのバーベキューに招待されます。右奥の笑顔の人が中山社長。エネルギーと情熱、そして木々への愛情にあふれています。
「火の国の人は熱い!」中山社長とお会いしてつくづく感じます。もしかしたら阿蘇の地から日本の街が変わるかもしれません。
民主主義と言いますが、自分たちの育った社会に対する愛や情熱を失った形式ばった民主主義からは何も生まれない気がします。
ごちゃごちゃ考えて何も進まない閉そく感を打破できるのは、こうした一人一人の情熱と行動であることを改めて実感させられます。
さて、ここはどこでしょうか。写真を見る限り、きっと美しい自然林の光景に見えることでしょう。
実はここは、緑豊かな阿蘇の街づくりを牽引してきた㈱グリーンライフコガの樹木畑なのです。
高木から中木、そして低木に至るまで、自然状態に近い姿で育ててゆくことによって、自然樹木本来のしなやかで美しい樹形が生まれるのです。
自然を愛し、木々を愛し、そして生態系を知り尽くした古閑さんそのものを反映しているかのような素晴らしい樹木畑から、美しい阿蘇の街が作られ続けているのです。
木々に包まれた古閑さんの事務所にて。
右手前の人は、鹿児島県姶良市で、豊かで愛される地元の住環境を作るべく、雑木に包まれた分譲住宅地を提供する㈲姶良土地開発の町田社長。
右2番目は、屋外の木々と住まいを繋げることによって心地よく人間らしい暮らしの場を提供する若き建築家、加治木文明氏です。
左奥に立っている若者は、グリーンライフコガ5代目となる、古閑英稔君です。
彼のような若者が、これからの日本の街に貢献する美しい住環境を作る担い手となることでしょう。
そして左手前の2人は、木々の力を活かした住環境つくりの素晴らしさを広めるべく、書籍つくりに努めるフリーの編集者高橋貞晴氏と、カメラマン鈴木善実氏です。
今回の取材の旅、これからの造園の在り方を確信させられる旅となりました。
温かく、なおかつ熱くご協力いただきました地元の皆様、本当にありがとうございました。
茨城県坂東市 2年目の手入れ 平成24年5月27日
一昨年の秋に完成した茨城県坂東市Uさんの庭も、竣工後2回目の春を迎え、昨春に続いて2度目の手入れにうかがいました。
2回目の春となると、緑は一段と深い色を呈し、心地よく涼しい風が流れます。
西日除けの木々の緑も深まり、今年の夏はより一段と過ごしやすくなることでしょう。
家屋西側の植栽の様子。家際の雑木が家屋を木陰にし、それによって夏の住まいの居心地を大きく改善してくれるのです。
家屋南側の木立。家屋の東西南北すべてが木々に包まれた150坪の庭の手入れも、2人で半日あれば終わります。それが健全な雑木の庭の手入れの在り方だと、私は思います。管理にお金がかかりすぎるような庭は、どこか不自然なもののように思います。
また、管理コストがかかり過ぎる庭ならば、それは一部の人にしか楽しめないものになってしまうでしょう。そうではなく、私は普通の30代、40代の子育て世代の家族にこそ、心豊かな住まいの環境を築いてほしいと思うのです。
自然と共にある暮らしを望む一般の方々が、あまり負担にならない程度に管理できる庭を追求する果てに、今の私たちのつくる、木々の性質に従った多層群落の木陰の庭に至ったことを実感します。
「いつもこの庭に本当にいやされます。庭がこんなに癒しになるとは、思ってもみませんでした。」
奥さんがそう言ってくれます。
庭は、一言でいえば癒しの場だと思います。
私の亡き父は、末期癌や小児癌の患者さんの心を癒す医師でした。
そして私たちの目指す造園は、住まいを豊かな自然で包み込むことによって、現代を生きる人たちの心身を健康にする仕事だと感じます。
木々の力を暮らしに生かし、共存させてゆくことで、もっと住みよい、おおらかで愛される住環境になってゆくことでしょう。