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雑木の庭つくり日記

阿蘇神社 門前町商店街の再生    平成24年3月9日
 震災から間もなく1年が過ぎようとしてる今日、熊本県の阿蘇神社門前町商店街の方から、再生されて活性化した街の写真がたくさん送られてきました。



  活気あふれる阿蘇神社門前の商店街。緑溢れ、木漏れ日の下を観光客が行き交います。
  ここは阿蘇神社門前町商店街。今、この街を訪れる観光客は、年間20万人と推定されます。 つい10年前までは、ここは商店街のシャッターが軒並み閉まったままの、廃れた過疎の町だったとを、この写真から一体だれが想像できるでしょうか。

 そうです。この街は日本のどこにでもある、地方の寂れた商店街だったのが、地元の人たちの努力によって再生されて、今は阿蘇観光の名所コースにまでなったのです。

 この商店街を彩る木々は、つい数年前に、阿蘇に根付く孤高の人、グリーンライフコガの古閑さんの提案によって生まれました。




 数年前、潤いのない、寂れた商店街に、古閑さんたちの先進的な提案と地道な説得によって、こつこつと大木が植えられていきました。
 


 大木が植わると、街の景色が変わります。通る人も立ち止まって作業を見つめます。
大きな木を植える、古閑さんの信念によって、この街の景色は奇跡のように変わったのです。

 「大きな木を植えないといけない、そういうと、落ち葉が大変とか雨樋が詰まるとか、いろいろと反対されたのですが、なんとかそれをクリアして、みんなを説得して、それでやっとこんなことができました。」

 阿蘇特有のイントネーションで古閑さんはそう言います。その言葉から、ここに至るまでの古閑さんの信念の強さと苦労が偲ばれて、久々に体の芯からの感動が湧きおこります。
 尊敬と感動以外のどんな感情もおこりません。



 木々がなく、潤いのなかった廃れた街、それがこうして、家屋際のわずかなスペースのコンクリートをはがして植栽スペースが造られていきました。



 商店街の家際のわずかなスペースのコンクリートをはがした後、そこに一本一本木が植えられていきました。植えている人が古閑さんです。
 顔が映っていなくても、写真を見てすぐに、「あっ古閑さんだ!」と私には分かります。



そして、通りに面して家際のわずかなスペースを提供し合って植栽された木々が風景として繋がって、美しい街が新しく再生されたのです。



「木を植えると、これほど人が集まるのか。」今、この街は廃れた街を再生した成功例として、全国から行政関係者や街おこし関係者が視察に訪れると言います。

 木や風景は何気ない存在です。しかし、それがあるからこそ、人が自然と集まる心地よい空間が生まれます。

 こんな素晴らしい街が再生できたのも、古閑さんの先見性と熱意が大きな力となったのだなと、私には分かります。

 今、私は古閑さんと一緒に、鹿児島県姶良市に緑あふれる分譲地計画を進めています。
 こんな素晴らしい人と出会い、そして一緒に仕事できる幸せをどのように表現すべきか、言葉が見当たりません。



 商店街、今は桜の時期には地元の人たちが花見のために通りにあふれ出します。こんな光景、10年前にだれが予想できたことでしょう。寂れていた10年前にはこの桜の木立すらなかったのですから。

 奇跡の再生です。人の力のすごさを感じ、私もこんな仕事をしたいと、忘れかけていた情熱が久々に心の中で燃え始めました。

 今。あの震災から間もなく1年がたとうとしています。日本の再生、被災された街の再生、しっかりとした思想を持って臨めば、心豊かでその町らしい形で、以前よりも発展していくことができる、そんな可能性を感じさせられた写真でした。
 
 商店街の瀬上さん、どうもありがとうございました。

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 (2012年3月 9日 20:12) | PermaLink