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雑木の庭つくり日記

木々がつなぐ奇跡の街 鹿児島にて    平成28年3月22日 


 鹿児島県姶良市に新たに生まれた小さな街、「雑木林と八つの家」。
 この街にようやく6棟目の家屋が建ち、そしてその家屋の植栽と、すでに植栽を終えて経過した庭の土壌環境改善作業のために、再びこの地に足を運びました。

 木々と共生する豊かなコミュニティ、そこで健康に育つ子供達、、、、。そんな街つくりを夢見た地元の土地開発会社の志と理想に心の底から共鳴して、この街のマスタープランを提案したのはもう5年以上前のことになります。
 
 このまちに一世帯目の住民が住み始めてから丸4年になります。
 今ここに、5年前に私たちが夢見た、奇跡のようなコミュニティが確かに誕生した、今回の訪問でそのことを肌身で感じ、帰郷後の今も、かけがえのない喜びとこの上ない感動の余韻の中におります。

 子供と大人の垣根なく、人と人との垣根もなく、この街の子供たちはいつも気兼ねなく外で遊びまわり、通りにはどこかしこに住人の集いが自然と生まれ、そしてそこに、道で遊んでいた子供たちもいつの間にか入り込んできて話の輪の中に参加する・・・・。

 確かに今、しかも新たに生まれた住宅地において、わずか数年の間にそんな街のコミュニティが現実のものとなった、その感動をどう伝えたらよいか、胸いっぱいの想いを少しだけ、ここでお伝えしたいと思います。



 この街に、最初に植栽したのはこの家でした。今回、この街の木々が豊かな森のように精気にあふれ、健康に育ち、豊かな生き物環境を育んでゆくよう、固くなった土壌の通気浸透改善作業を施しました。

 普通の住宅地であれば、私たちはその家の施主の依頼を取り付けて作業をおこないます。
 でも、この街は違うのです。傷んだ木々の様子を見て、私たちは呼び鈴も押さず、当然の如くこの庭の改善作業にかかるのです。
 そして、その後いつの間にか、その家の住人の方も、近所の方も、そしてこの住宅地を企画分譲した土地開発会社の社員までもが、休日の私たちの作業に参加し、一緒に木々の改善作業を進めるのです。



 木々が元気になるように、、生き物がたくさんここに一緒に住んでくれるように、街が潤い、子供たちの元気な声がいつも聞こえるよう、、、そんな共通の願いが、この街に住む人たちを育てます。そしてそれは、なにも言わずとも、この街で育つ子供たちにも、確かに伝わるのです。

 スコップで土を掘って炭や枝を漉き込んでゆく、そして表土に落ち葉やウッドチップをかぶせる、熱心な大人たちの想い溢れるそんな作業を見て、子供たちは自然とそれを見習うのです。
 大人は何も言いません。でも、こどもはいつの間にか作業を覚え、勝手にやってくれているのです。
 5歳になるこの子は、この家の子ではなく、数軒隣の家の子なのですが、いつのまにかこの家の改善作業をやってくれているのです。
 この街の庭に境界はありません。まして子供の世界に境界など、あるはずもない、町全体が子供の庭で、それを良くすることは、自分の街を良くすること、この街における大人たちの佇まいを見た子供たちは、自然とそんなことを学んでゆくのです。



 この街の子供たちは家の中にこもるということがないと言います。一日中、雑木の庭が繋ぐこの街で、外で遊びまわるのです。
 自分の庭も、通りも、隣の庭も、みんな同じ町の庭。子供たちはそこで伸び伸びと遊ぶ、それが今、この街の日常となっているのです。



 まちの一角に設けた公園の片隅には、住民たちの手によって作られた、味わい深い落ち葉ストックができていました。そこにこの街で出た落ち葉や剪定枝、刈り草が溜められます。
 
 木々に感謝して落ち葉を集める。落ち葉は街のごみではない。 感謝をこめて土に還す・・
 
 落ち葉をゴミに出してしまうことがもったいなくしのびない、、。

 そんな、この街の住人たちのぬくもりが、このストックの佇まいから溢れてきます。



 そして今回の改善作業において、街の住人たちの愛のこもったこの落ち葉ストックで腐葉土化した腐植を、木々の根元に敷き詰めて土壌環境改善資材として用います。

 土壌の通気性を改善した上で敷き詰めれば分解も早く、風による飛散も抑えられます。



 今回実施した6棟目の植栽。
 この街が年月と共に育ってゆくように、私たちの植栽方法も、計画を実施し始めた5年前とは今は全く違います。
 見た目や、人にとって都合のよいばかりの雑木の庭ではなく、この土地に根ざした木々が健康に育ち、様々ないのちの息づく環境を育ててゆく、そして、木々やその地の生き物たちが健康に生きてゆける環境こそ、人が健康に安心して生きていける、本当の意味での心地よい環境に繋がるということ、今はそんな趣旨で樹を植え、庭をつくります。




 土の入れ替えではなく、傷んだ大地を再生し、そして錦江湾岸平野独特のシラス土壌にしっかりと根を張って地元に根ざして木々が育ってゆくよう、見た目の植栽に要する手間をはるかに超える作業量を土壌環境改善に注ぐのです。



 今回植栽終了した、この街の6棟目の家屋。



 そして、あたらに完成した家も、新たに植栽した木々も、この街の中ではすぐに周辺の景色に溶け込み、街の中に同化していきます。



 この街は、家が建つたび、それに伴って調和する木々が町に増え、街の潤いはますます増してゆくのです。
 それを待ち望む住民たちは、あたらな建築を歓迎し、そして新たにここに住む家族も、街の人たちに待ち焦がれて迎えられるのです。



自ら、木々の水やりを楽しむ女の子



 土壌環境改善資材となる木炭を踏んで粉にする作業を嬉々として手伝う男の子。



 子供たちがどこかしこにも佇む、子供が景色になるまち。



 家が建つたび、この街の環境はますますうるおい、そして子供も大人も息づいてくる、そんな現実のプロセスを、この街の計画時点で誰か想像しえたことでしょう。



 三日間の作業を終えて掃除を始めると、私たちの立ち去りの気配を感じてか、大人も子供もソワソワと、私たちの周りに集まってきます。



 何も言わず、工事で汚れた道路の掃除を手伝ってくれるのは、この街の新たな住人になる女の子。
 こうした光景が町のあちこちで次々に繰り広げられるのです。

 もう、何も言えません。言葉もありません。この街の工事に訪れた僕たちは、夢か現実か、それを錯覚してしまうほどの幸せな感動に包まれます。



子どもがいて、大人がいて、そして木々がある、どちらを向いても美しく景色に溶け込む、、今、そんな街が現実に実現しているのです。

 しかも、この街は決して高級住宅地などではなく、まちなかによくある、若い人でも手の届く普通の街の一角なのです。
 決してこの街の土地を高く売ることなく、子育て世代の普通の人たちに、豊かなコミュニティと豊かな自然環境の中で暮らしてほしい、地元の土地開発会社社長の想い、そしてそれに共鳴した私たちの想い、ここに集う心豊かな住人達、みんなの夢の結集から、この奇跡の街が生まれました。



 遠方の地、鹿児島での作業を終えると、街の人たちが大人も子供も集まって記念撮影。満面の笑顔で私たちを送ってくれました。
 次に、この街に来るのはいつのことか、まだ分かりませんが、私たちにとって温かな心のふるさとがここに生まれた喜びを全身に感じ、次の訪問がとても待ち遠しい想いに満たされます。

 次の作業、次の再会の時、街の子供たちはまた、大きくなっていることでしょう。それがまた、楽しみでなりません。

 「雑木林と八つの家」 この街づくりプロジェクトは、地元、鹿児島県姶良市の、姶良土地開発有限会社社長の発案で、5年以上前にスタートしました。
 そして、社長の真実の想いに共鳴して身を投げうつ覚悟で協力する人たちがいて、私たちもその一人であります。

 必ず未来につながる素晴らしい街つくりのスタートになる、そう信じて疑わない人たちによって、数々の困難を乗り越えてようやく、この街もいよいよ完成が見えてきました。
 最後の一棟が完成し、そして街の木々がすべて植わった時、きっと僕は泣いてしまうでしょう。
そして社長も泣いてしまうことでしょう。
 そして、このプロジェクトにともに尽力し合った仲間たちと共に、抱き合うことでしょう。

 その日がもう、目と鼻の先に見えてきました。希望だけを疑わず五里霧中に信念を貫き通した姶良土地開発の皆様の無私の努力に、ただ頭が下がるばかりです。



 写真右が、姶良土地開発有限会社の町田社長です。

 決して自分自身のためでなく、まして刹那的な現代の利益のためでなく、今の人たち、そして未来の子供たちのため、この奇跡の街の実現のためにあきらめず、妥協せず、ゆっくりと進められました。

 鹿児島の地が生んだ巨人、西郷隆盛の座右の言葉に「敬天愛人」とあります。「天を敬い、人を愛す。」すべてはそこからよきものが生まれます。
 心の再生、街の再生をここに実現した町田社長は「敬天愛人」を地で行く人。だから私たちも身を惜しまずに喜んで協力させていただくのです。


 地元を愛する町田社長の想いが生み出した、たくさんの幸せ、子供たちが安心して伸び伸び育ってゆく、本物のコミュニティ。
 この街の奇跡は確かに実現しています。これが、全国に伝播していけば、日本はどれほどよい国になることでしょう。そしてどれほど温かなものになることでしょう。

わたしたちと同じ想いで終始共に尽力くださる熊本のグリーンライフコガの皆様、そして温かな姶良市の皆様、この街の皆様、素晴らしい時間を本当にありがとうございました。


 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
飯能市 こもれびおこしの道路つくり     平成28年3月14日


 ここは埼玉県飯能市に新設工事中の都市計画道路予定地。
 昨日ここで、街路樹緑地帯の土壌環境改善作業が市民参加のワークショップにて開催されました。
 「里山の風情を感じられる道路を。」
「飯能には飯能らしい道路があってほしい」
 そんな想いから、飯能市職員有志と市民によって主催する「こもれびおこし」によって、市民参加の緑地帯つくりが実現されました。



 市民参加の道路つくりを。この企画実現のために全力を投じられた、飯能市土地区画整理事務所の白須靖之さん。
 市役所職員でありながら、同時に一市民の立場として、豊かで愛される街つくりのために、行動する、その熱意と想いに共感して、前日準備作業には全国から30名ちかくの造園関係者、行政関係者、そして地元の方々が集まり、共に汗を流してくださいました。



 飯能市の2つの里山を結ぶ都市計画道路、その街路樹緑地帯の土中の通気浸透環境改善作業を、市民と協業で行うという、画期的な試みです。

 また、土壌環境改善のために、市内で発生した剪定枝や、市内の業者から寄贈頂いた木炭などを用いて、これまでの公共緑地つくりで顧みられることのなかった土壌中の水と空気の動きを、自然の力によって改善してゆくという考え方と手法が、街路樹緑地帯の新設工事において行われることも、全国初の試みとなります。



 「公共土木工事の中で土中通気浸透環境への配慮を取り入れられないものか」 そんな相談を受けてから昨年来、白須さんと何度となく、その可能性や工法について語り合ってきました。
 いよいよその実現の第一歩が、想いを共有するたくさんの方々の協力の中、こうして踏みだされたのです。
 ここにこぎつけるまでの彼の努力を想像する度、熱いものが胸の奥からこみあげてきます。

 当日の作業説明を通して、私が参加者方々に最も伝えたかったことは、この作業が単にこの緑地スペースの土を改善することにとどまるものではなく、この作業によって、飯能市の豊かな環境の根本となる大地の環境全体を守ってゆくことに繋がる、という点にありました。



 入間川によって形成された扇状地、飯能市の大地は本来、表層を覆う豊かなローム層の下に、飯能礫層という、水はけのよい砂礫層が下層部分に続きます。
 この砂礫層こそ、豊かな飯能市の環境を支えてきた、まさに飯能市の宝と言えるでしょう。
 表層を覆う豊かな黒土、その生産性を維持してきたのは、この礫層の中の、円滑な水脈環境にあります。水はけのよい砂礫層を動く水脈が土壌中に空気を引き込み、そして豊かな表土が保たれてきました。
 そして、たくさんの空気が常に送り込まれる関東ロームの表土層には、微生物・菌類・小動物など、様々な生き物が生育し、土壌環境を豊かにし、たくさんの土中空隙を作っていき、ふかふかな土の構造を育てていきます。
 
 降り注いだ雨水は、たくさんの土中生物によって濾過分解され、そして清流となってこの礫層に浸み込んでいきます。
 
 表層土壌が何らかの原因で硬化すると、雨水は浸み込まなくなり、土中に入り込む空気の量が大きく減少し、土中の生物環境は一変します。水がしみこまず、空気が動かない土壌には嫌気性のバクテリアや病原菌ばかりが増え、そしてそれらが草木の根を溶かし、土中に徐々に不透水層を作っていきます。
 また、豊かな表土をはぎ取り、砂礫層をむき出しにして造成されることで、本来表土によって濾過されたきれいな水が流入することで維持されてきた砂礫層にも泥詰りが生じていきます。
 そしてそれが改善されずに続くことによって、長い年月の間にその土地の大地の生産力(*その土地が持つ、動植物を支えうる生態系生産力のことを略して生産力とここでは呼称しています。)が、徐々に減じていくのです。
 それが、人を含めあらゆるいのちを支える根本の環境、大地環境の劣化、あるいは元環境の劣化です。



 この新設道路も、切土による地盤造成によって表土ははぎとられ、礫層が露出しています。
 そして、本来表土によって守られるはずのこの礫層に、泥水、汚水がダイレクトに流れ込む状態となっており、こうしたことの連続が、地域の環境を支えてきた水脈環境を詰まらせていきます。

 現代土木、現代建築では、こうした大地の元環境の保全など、みじんも考慮されることがないまま、大規模な地形の改変が加速していますが、このことの重大さに多くに人が気付き、歯止めをかけていかないと、気づいたときにはすでに、国土全体において、未来の豊かな環境基盤が失われてしまうことでしょう。
 
 植え枡の土壌、従来であれば、このまま良質な土を客土して木を植えるだけのことなのですが、そうした手法では客土後、その土を抜けた泥水がこの礫層との境目に流れ込むことで泥詰りを起こし、それが自然の力で解消されない限り、客土土壌も数年足らずで硬化していきます。
 本来環境のよい場所での開発行為の後、こうした植え枡の木々が健康に育たない、あるいは早い段階で苦しげに根上がりを始める理由は、土層錯乱による水脈の詰まりが解消されないこと、あるいは時間をかけて徐々にそれを詰まらせてしまったことに起因することがほとんどのようです。




 新設道路のわずかな緑地スペースですが、このわずかな植え枡内において、きちんと土壌の生物環境を育み、砂礫層に流れる水を浄化する、そのことこそが、飯能市の豊かで心地よい環境を未来に繋ぐことに繋がります。

 植え枡に設けた縦穴、横溝に空気の通り道を配し、その周囲を剪定枝葉を絡ませてゆく。この作業から、市民協業で行います。

 空気の通りのよい状態にして絡ませた枝葉はすぐに様々な微生物、菌類がここに生育し、徐々に分解されていきます。この、通気孔周辺に埋め込んだ枝葉に住み付くたくさんの生き物の活動によって、降り注いだ雨は浄化され、清流となって礫層の水脈へと流れていきます。
 そして、こうした配慮によって、土中の通気浸透環境を健全に保つことが、木々の健康な生育に繋がり、それが結果として、「里山の風情を感じる道路作り」に繋がっていくことでしょう。



 剪定枝葉は、堆積して数日で、表面に菌糸が絡んで、腐葉土独特の香りが漂います。
 これらが雨水泥水を浄化して、水はけのよい大地を守り育ててゆくのですから、我々はこうした細かないのちの営みに目を向けられるようにならないといけません。
 
 こうした地形改変を伴う土地造成の際、植物の分解に伴う土壌生物の働きを活かすことで、自律的な自然環境の再生が促されるのです。

 今回の改善作業は、そんなことを、市民と行政との共同作業を通してみんなに知ってもらいたい、そんな想いを込めて、全力で協力させていただきました。



 市民、行政、業者、総勢60名余りで行う人海戦術によって、改善作業は瞬く間に進みます。



 改善の後、土を埋戻します。



埋戻し後。両サイドに枝葉の層を挟み込むことで、枝葉伝いに通気浸透を促し、それによって土壌の構造再生を期します。





 そして敷き藁をして、協業作業を終えました。この後、雑草を誘導するため、草交じりの表土をかぶせて完成です。

 ここに誘導された雑草は今後、20~30センチ程度の高さで軽く刈り払い、柔らかい風情に共存させていきます。

 そして数年後の道路開通の際、ここに植樹されて新たな街路樹が生まれます。

 大勢の人の温かな手をかけられたこの土地、木々が健康に育ってくれることを祈ります。



 作業終了後。
 市民と行政協業による環境つくり。その記念すべき第一歩がこうして踏みだされました。
 この素晴らしい取り組みに共感する、全国の造園仲間も20名以上お越しいただき、協力くださいました。
 
 地元を愛する市民と行政、地元を愛する市民と、愛される郷土環境とが生み出した出来事です。

まだまだ、これは第一歩であり、いずれはこうした植栽枡のみにとどまらず、開発行為に際して常に大地の健康な環境再生に目を向ける、そんなあり方がスタンダードな社会となることを目指します。

 ご参加くださったすべての方々、ご支援いただいた飯能市役所の皆様、忙しい中、駆けつけてくれた造園仲間、そしてこの企画に協力くださった地元工事関係者の皆様、本当にありがとうございました。
 そして、私たちに勇気と希望を与えてくれた、飯能市役所の白須靖之さんに、重ねて御礼申し上げます。

 ありがとうございました。

 


投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
伊勢神宮が伝えること      平成28年3月6日


 日本あけぼの、神話時代から連綿と続く神々しい世界の名残が今も感じられる伊勢神宮。
 今もなお、毎年1000万人前後の参拝者が訪れる、日本第一の祈りの地であり、日本人の心のふるさとであり続けています。
 これほどの参拝者が訪れるのは、神宮1300年の歴史を通してずっと変わることなく続いてきたことのようで、例えば江戸時代文政三年(1830年)の記録では、3月から9月までの半年間で約450万人の参拝者があったと伝えられています。
 馬にまたがるか、あるいは歩くほかに交通手段のない時代でありながら、年間数百万人もの参拝者たちが毎年全国から大挙してきたという事実、しかも当時の人口が3千万人程度だった時代のことですから、伊勢神宮が日本人の魂にとって、その中心たるものであり続けてきたかが感じられます。



 参道を歩きながら、触れることができるほどのすぐそばで、樹齢数百年の巨木が点在する神々しいほどの荘厳な自然環境に触れることがほとんどできない今のような時代こそ、伊勢神宮の杜はその存在の意義を今後ますます増してゆくことでしょう。

 これほどの人の往来を、1000年以上の間、受け入れ続けてきたにもかかわらず、自然の息吹を神として敬い守り育てながら、その中に人の営みを共存させてゆく、そのことこそ、この地が伝えようとしてきた根本的なものなのだと感じさせられます。



 自然環境を傷めずに育てながらなお、人の営みをそこに保ち続ける姿勢と技、人の営みが豊かに持続するために、絶対的に必要な根本たることを、この伊勢神宮は20年ごとの式年遷宮という形で現代に至るまで伝えようとしてきた、そのことを私たちは、しっかりと知る必要があるように思います。



 伊勢神宮という日本最高峰社殿における唯一神明造と呼ばれる建築様式。そのもっとも大切な点は、全ての社殿が柱を大地に直接埋め込む掘っ立て構造にあります。
 現代建築の世界では、掘っ立て構造の建物などもっとも原始的とされ、大地に多大な負荷をかける一時の頑丈さばかりのコンクリート基礎構造以外はほとんど誰も考えない及ばない、そんな時代にあってなお、世界に誇る日本最高社寺の式年遷宮を通してこの構造をかたくなに伝えようとしてきたのです。



 
 伊勢神宮が掘っ立て構造である意味は、大地との共存、足元の環境に対して配慮を欠かさぬという、あるべき姿勢が永遠に保たれることへの祈りが本来込められているのでしょう。

 それはまるで、母なる大地、自然環境を大きな力で踏みにじって顧みることもない今の日本を見越して、神々が息づいていたはるか昔の日本からの警鐘のようにも感じます。
 でも、今、我々の社会はそんな大切な神からの警鐘さえも聞く耳を失ってしまいつつあるようです。

 なぜ、式年遷宮という大規模な建築造作が20年おきに、しかもこれほどの参拝者を1000年以上も迎えつづけながら、精気を持つ森を社殿のすぐそばに保ちえるための配慮や造作の名残を見ていきます。



 
 都会に勝るとも劣らないほどの多くの人の往来を受け入れながらも、伊勢神宮の素晴らしい環境が今日に至るまで守り伝えられてきたのは、この地を敬い、自然を敬い、神を敬う崇高な先人たちの絶え間ない観察と愛情と努力があったということが、境内の様々な造作から感じられます。

 それは特に、参道周辺の造作から感じられます。たくさんの往来による激しい踏圧のかかる参道は縁石によって区切られてやや高く、段上に配されます。そして、周辺の森との縁にはこうして素掘りと石積みによる溝が切られ、参詣による締固めの悪影響が周辺環境に及ばぬように配慮されているのです。そしてこの溝には絶えず杜からの絞り水が湧き出し、そのことによって土中の水と空気を絶え間なく動きます。
 溝に集まった湧水は、溝の中の小石の合間をはねながら流れ、そして多くは土中に潜り込んで大地を潤してゆきます。



 宮域において、人の造作や往来のインパクトが及ぶ場所には必ず、円滑な大地の呼吸をつぶしてしまうことのないように、絞り水の通り道・浸透溝が確保されています。



それが本殿前の主要な参詣道の下にもくぐらせている様子に、先人による自然環境への徹底した配慮と理解と智慧が伝わり、心が震える思いです。



  山の縁にもこうして、人の踏圧が山の呼吸を乱すことのないように、きちんと溝が切られます。
 これこそが、これほど多くの人が1000年以上もの間訪れておりながらもこれほどの精気を伝える杜を残してきた、その要の所作とも言えるでしょう。

 起伏があれば、山から谷に向かって水は土中を常に動きます。
 そしてそれが土中の通気を促し、様々な土中生物活動を豊かに育み、そして木々が健康に根を張ってゆく環境を豊かにしてゆくのですが、斜面下の平地で行われる人の所作や負荷によって平地での土中水の動きが滞ると、斜面の土中の水と空気の円滑な動きをも阻害してしまいます。
 そうなると、もともと健全な環境下で生育してきた草木は呼吸が妨げられ、森も木も、そして生態系全体も、人知れず急激に劣化していきます。
 人間を含むすべての生き物は、水と空気の流れを通して息づくもので、それが短時間であっても滞ってしまえば死んでしまうのと同じく、自然環境が息づく根本たる必要条件こそが、大地の円滑な水と空気の動きなのです。

 どんなに時代が変わろうと、普遍的で失ってはならないもの、大切なもの、その本質を、式年遷宮に伴う大工事において、かつての賢人たちは未来永劫の子孫たちに対して伝えようとしてきたことが、しみじみと感じられます。

 しかるに、ここ伊勢神宮では、我々の存続の母体である自然環境そのものを神としてうやまい、それが決して抽象的な概念にとどまるのではなく、こうして遷宮に伴う大工事や様々な年間行事を通してなお、周辺の環境を悪化させることなく、人の営みをつつましくそこに割り込ませていただくための、大切な配慮を尽くしてきた、そのことを無言のうちに伝えてきたように感じます。

 



 道沿いの杉の大木。その背面にきちんとした溝が掘られているのですが、それだけでは足りないと判断したのか、手前側にも溝を掘って、根回りの大地の呼吸を促そうとした配慮の跡がみられるのです。



 手仕事の魂を感じる溝の造作は、愛情を絶やさぬ観察の賜物なのでしょう。
 形式や形にとらわれず、木々との対話によってその時すべきことをするという、本来当たり前の素晴らしい姿勢、そんな先人が連綿と保ち続けてきた自然との向き合い方によって、これまで1000年以上もの悠久の時を超えて、この地の自然環境を良好に保ってきたのでしょう。




 そして、外宮の杜の絞り水は本殿前の御池にあつまり、浸み込み、流れていきます。
しかしながら、今はその水は濁り、滞り、いのちの気配を失いつつあります。
 伊勢神宮外宮の杜の要の地、つい近年までの、ここは森の瞳のような透明な泉だったことでしょう。そうでなければこれほどの森が今に残っているはずもないのです。

 地下水の汚染はその土地の環境の指標であり、そして淀みは自然環境の劣化をの兆しの警鐘となります。
 水は健康な大地に潜りこみ、そしてまた湧きあがりつつ、絶えず動いていれば淀むことはありません。土中や水中に送られる新鮮な空気が様々な微生物や菌類の活動を促し、そして数えきれないほどの生き物たちが浄化してくれるのです。
 庭園の池泉においても、お城の堀においても、今はいつも淀んでいる光景がほとんど当たり前のようにになってしまいました。
 これは人が少しずつ、あるべき道を踏み違えてきたことを自然界が明示しているのですが、こうした変化に気付く人も少ないのが現実のようです。
 時代が時代ですので仕方ないことですが、だからこそ、多くの人に、我々の生存の基盤が限界を超えて息詰まり、そしてそのことすらほとんど顧みられることもないようです。



 宮域参道の脇の白濁の汚染水。セメントのアクが、大地に吸い込まれて浄化されることなく、淀んでいます。
 杜の縁だというのに、浸透性は悪く、大地の泥詰りによる土壌の硬化、劣化が進んでいることが分かります。
 
  現代土木の世界では、こうした些細な変化を、「たかが泥水程度」と一顧もせずに見過ごされてしまいがちですが、この、水脈上重要な場所での濁り水が、徐々に周辺広範囲の大地の呼吸を詰まらせていき、そして木々や生き物たちが健康に息づける元環境を著しく劣化させてしまうのです。




 参道沿いの水路、これも、石の敷き方、水の濁り方から、ここの遷宮において新たに行われた工事であることがすぐに分かります。 
 工事現場の汚水のような白濁の水が大地を行き来して浄化されることなく、この日本の根本霊場とも言うべき伊勢神宮の環境を巡っているのです。
 参道と水路、遠目では同じように作られたように見えても、その構造も姿勢もまったくかつての伊勢神宮が誇るものとは違っているのです。
 
 道の踏み固めによる悪影響を緩和し、さらには周辺環境に影響を及ばさないようにその両脇に設けられた水路は、この土地の環境の大切な呼吸孔であって、参拝する大勢の人の踏圧が大地の呼吸を妨げることのないよう、そんな大切な目的を持って設けられました。
 それが今、形ばかりの浸透しない水路を浸透せずに流れる水は大地によって浄化されず、この環境がすでに浄化能力を失ってしまったことを現わします。



そして、細かな粒子を含んだ泥水は浸透せずに集水され、そして無機質なパイプを通してそのまま、排水され、川や池を汚していきます。
 ここでながれるセメントのアクなどを含んだ泥水は、流れ込む先の川底においても泥詰りを起こし、ますます吸い込まなくなるのです。その結果、川底は嫌気化し、浄化作用を失い、そして洪水時にはその水位調整機能おも大きく損ない、人にとっても危険で不健全で住みにくい地域へと知らず知らずのうちに変貌させていきます。

 本来の伊勢神宮は、自然環境を傷めるそんな文明の在り方に対して永遠の警鐘を鳴らすべく、気づきの機会としての式年遷宮や年間のたくさんの行事が欠かすことなく執り行われてきたのですが、そうしたことが今、形ばかりのものになってしまっていることに気付かされます。




 宮域林の地滑り。道の締固めと水路の不透水化の影響で、斜面にいたるまで土壌構造が劣化し浸透しなくなった大地は、常に表層が滑り、土壌深部が通気不良に陥り、木々も下草も衰退してしまいます。



 参道沿いだけでなく、人間活動の影響を受けやすい周辺の森の中の谷筋にもこうして、土中の通気浸透を促す水の道が掘り下げられ、そして石積みによってその地形を守っています。
 こうしたことから、参道沿いの水路が本来、単なる人のための道の排水が目的なのではなく、土中の水と空気が滞ることによって草木が、そして土中の生き物たちが健全に息づく元環境を守り続けるという明確な目的が垣間見えてきます。

 人の営みが永続するために、周辺自然環境、一木一草にいたるまで息づかせてゆくことが不可欠であるという、人類普遍の戒めを伝えてきた伊勢神宮、ここが日本第一の根本社寺であり続けた理由はきっとそうした部分にあるのでしょう。



 外宮境内、石段を上ってひときわ高い小山の上に建つ風宮。
 風の神様を祀り、五風十雨の順調な巡りを祈るこの別宮の周辺の木々も痛んで精気を失い、まるで公園に建つ宮モデルのようで人に畏敬の念を感じさせる荘厳さも、今はありません。
 
 こうして見ると、今は単にお宮の形ばかりを20年ごとに建て替えるばかりで、その本来の大切な意味が全く失われてしまっていることが感じられてしまうのです。



 風宮の遷宮に伴う工事用資材搬入路とされた谷筋はもはや呼吸を失い、地表は荒れ、そして周辺の木々も痛み、森の精気を奪ってゆきます。
 表面上、形ばかり元通りの谷に戻しても、失われた大地の呼吸環境は戻りません。人が人の都合で荒らした以上、人の手を持ってきちんと優しく、大地に心を向け、手を伸ばすことが必要で、かつての伊勢神宮では確かにその心、配慮があったのですが、悲しいことに今はそれが薄れていることが今回の踏査で痛いほど感じられました。。
 




 そしてここは社務所周辺の傷んだ高木。数百年と息づいてきた木々も、元環境の劣化によってこうして数年を経ずして病み、痛んでゆくのです。
 それに対して、単に傷んだ一本一本の木を治療するという短絡的な発想ではなく、どうして木々がこうして急速に傷んでしまったのか、我々の所作に何か過ちがなかっただろうか、そう考えることこそが大切なことのように感じます。



 近年、伊勢神宮境内に新たに建てられた社務所は、伊勢神宮が本来、境内の全ての建築において掘っ立て構造を硬く維持し伝えてきたあり方に対する敬意も畏れもなく、通常のコンクリート基礎構造で、伊勢神宮境内に建てるすべての建物とは、何の脈絡もない建築。そして背面の木々、ご神木たちは痛み、見るも無残な状態となり、劣化はますます進み続けています。
 
 「人の営みと息づく周辺自然環境の調和と共生」 そんな、神宮が伝えてきた大切ことが全くおろそかにされて顧みない、そのことがこうした、今の人間中心で自然環境は付属物であるかのような、今の伊勢神宮のちぐはぐな営みに現れます。



 なかでも、急速な劣化が最もひどいのは、今回の遷宮に伴い、神宮の森の環境を1000年以上の長きにわたってその周辺の森と共に守り続けてきた勾玉池周辺に、その環境を踏みにじるかのように建てられた鉄筋コンクリートの遷宮記念館とその周辺です。



豊かな杜の麓の豊富な水脈を無視して大地に多大な負荷をかけて整備された記念館周辺の木々は数年を経ずして痛み、枝枯れし、見るも無残な殺風景な光景が広がります。



 神宮の歴史に対して何のゆかりもない現代の加工石材量産品を用いた園路、周辺の木々や土、環境に対する何の配慮もなく、ただ建築者や施主の自己満足によって構成された園路の脇の土は乾き、硬化し、ここが本来しっとりとした環境を必死に守り伝えてきた伊勢神宮境内でやることとはにわかに信じられない思いに、悲しみを通り越して絶望感すら覚えます。



 木々の呼吸を無視し、見た目ばかりの浅はかなデザイン、負の遺産ばかりが増え続ける現代、そのことを、急速に痛み枯死してゆく木々が身を持って語り続けているように感じます。

 今の伊勢神宮は、かつての偉大な智慧と共に、現代文明の在り方をも、今の私たちに強烈に語りかけているようです。



 今、方向転換しなければ、我々の未来はない、そんなことを伊勢神宮の木々達や、急速に衰えてゆく自然環境が必死に語っている、今回の神宮踏査はそんなことを強く感じさせられました。

 近い未来、伊勢神宮境内の神々しい精気は消えてしまうかもしれません。その時はもう、この環境は人に蘇生の力を送り込む力を失い、そしてこの神宮に訪れる人も知らず知らず減ってゆくことでしょう。そして、また我々は大切な価値を失っていきます。それはそのまま、今の国土全体の反映でもあるということを痛く感じます。

 最後に、いまから100年以上も前に足尾鉱毒事件と闘い続けた田中正造の言葉を下記に紹介して、正月の伊勢神宮踏査報告を締めくくりたいと思います。

「世界人類の多くは、今や機械文明というものに噛み殺される。
 真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず 村を破らず、、、・」

 田中正造没後、今年で103年目を迎えました。






 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
こども園野草舎の造園・環境再生工事 着工  平成28年2月14日


 ここは茨城県鹿島市。新設こども園、「野草舎森の家」の園舎が竣工し、4月の開園に向けて、造園および、傷んだ大地の環境再生工事に着手しました。

 このこども園は広大な北浦畔の丘の上に位置し、鹿島神宮から続く鹿島市三社詣りの古道沿いに位置し、豊かな自然の恵みを受けて古くから人の営みが連綿と続いてきた、そんな場所だったのです。

 この園舎がたてられる以前まで、この土地は自給的な菜園、果樹園として、伸び伸びと利用されてきたこの土地も、大規模園舎の建築工事に伴い、どうしても自然環境に対して悪影響を与えてしまいます。
 今回、造園工事と並行して、劣化した土地の再生に取り掛かります。



 建築工事によって傷んだ大地は、もはや雨水も円滑に土中に浸透することなく、表層を泥水が停滞し、大地をますます劣化させてしまいます。

その土地の生き物環境を支えうる大地の豊かさは、土地が有する大地の呼吸環境の健全性に由来します。
 大地の呼吸環境とはすなわち、土地本来が作り出す通気浸透環境であり、大地が自律的にうみだす健全な環境では、おおよそどんな雨でも表層の泥水流亡は起こらず浸透し、そして地中の水脈を通過して濾過浄化された清水が湧水となって放出されます。
 そして雨水の浸透と共に、空気も土中に引き込まれて、それによって土中のあらゆる生物活動が健全化し、さらに土壌環境は連動的自律的に豊かに育まれていきます。

 一方で、そんな大地の呼吸に全く配慮せず、効率優先で行われる今の建築土木工事において、大地の呼吸環境は確実に劣化してしまいます。
 これからの時代、美しい地球と私たちの子孫がこの大地に生き続けてゆくために、そのことを知り、こうした開発行為によって蹂躙された土地はきちんと、人の手によって再生しなければなりません。
 呼吸しない大地のもとでは本来の健全な心身はなかなか育まれることはなく、健全な大地こそが健全な心身を育みます。まして、幼い子供たちの大切な数年間を過ごす環境は、不健全なものであってはならず、本来の健康な自然が見せてくれる様々な表情の中で、人としての健康な心と体の基を育んでいきたい、野草舎森の家の理念はそこにあります。
 
 歴史ある鹿島の里山に新設される野草舎森の家、今回、この地の自然環境と共に生きてこられた理事長、園長の想いによって、この地のこれからの営みの中、百年、千年の森が健全に育まれる本来の豊かな環境を取り戻すべく、徹底した環境再生のための工事にかかりはじめました。



 園舎周辺の里山は乾いた様相を見せており、この表情から、すでにこの地は健全な呼吸環境を失っていることが分かります。



 旺盛に密集して伸長するシノダケの表情からも、地中に硬化した不透水層が新たに形成されていることが分かるのです。
 事実、おおよそ大地の健康度は、視覚、足触り、土の香り、空気感など、人の五感で充分に感じ取れるものであり、今、多くの現代人は、その土地に生きてゆくための大切な感覚を見失ってしまっているようです。
 こうした自然の表情が実際に何を現わしているか、そして息づく美しい環境を取り戻してゆくために何をすべきか、その確かなノウハウと感覚を今こそたくさんの人に知っていただきたく、このブログにて報告いたします。。



 園舎周辺の土中通気浸透改善のため、掘削から始まります。



 案の定、地下30㎝より下は固く締まった土層となり、そこにはシノダケの根すら進入できない、そんな土層が1m以上も続きます。

 表層わずか30㎝足らずの範囲で植物根が苦しげにせめぎ合い、その土中の詰まりの様相が周辺の密集したシノダケの様相に反映されていたのです。



 園舎周辺の要所で硬板層を掘り抜きます。



 周辺の荒廃放棄地から刈りだしたシノダケも、大地の環境再生のための貴重な材料として運び込みます。



 シノダケばかりでなく、周辺林から伐採木や枯れ枝等をかき集めます。これらの有機物が、大地の再生のために欠かせない役割を担うのですから、こうした有機物がごみ扱いされて処分される今の文明の在り方について、いつも考えさせられるのです。



 有機物ばかりでなく、今回解体した外周のブロック塀のコンクリートガラも、これも大切な環境改善資材として余すことなく利用するのですから、私たちの環境再生にはほとんどゴミなど発生することはありません。
 すべてが循環の中に還してゆくという発想は、人が今後も地球で生き続けてゆくために、とても大切なあり方となります。
 大手緑化資材メーカー等が製品として作り出す高価な資材など、本来全く必要はないのです。スクラップ&ビルド、大量生産大量消費、大量廃棄、開発競争の末の未来には負の遺産しか積みあがらないのです。



 園内は、植樹と共に土中環境改善作業を進めます。
植樹地の下層硬化土層を掘削し、そしてその脇に必ず、土中縦方向に水と空気が動いてゆく深い通気浸透孔を穿ちます。その深さ約2m。大きな建築負荷のかかって荒廃したこの土地では、そこまで掘らねば自律的な環境改善にはつながらないのです。



 建築前まで柔らかで水はけのよい自給的な畑地だったこの土地も、建築後には木々の根も生き物も生育できない硬化した土に変貌してしまうのです。
 この、通気浸透環境を根本的に改善することなく、単位植栽部分の土を入れ替えても数年でその土も硬化し、健全な環境へと再生されることはありません。



 植栽部分の周囲に通気浸透の縦穴を掘ります。



 縦穴に周辺から集めたシノダケや枯れ枝など、有機物を絡ませて、空気の通り道を確保します。
 これによって、硬板層の下にまで空気と水の動きを誘導します。絡ませて埋設した植物材にはたくさんの好気性微生物や菌類などが繁殖し、雨水を濾過していくのです。
 有機的なこうした暗渠に埋設する植物材は単なる泥漉し材ではなく、土中生物活動を再生して水を浄化するという本来の機能を活かすのです。



 雨どいからの雨水管に切れ目を入れて、その浸み出し水が縦穴横溝に埋設した植物材を通って浸み込むようにします。



現代の建築基準で設置された雨水浸透桝は、砂埃が濾過されずにパイプを通って、人工的な透水シートから周辺に浸透させようとしますが、人工的で無機的なこうした浸透層は数年で目詰まりするばかりでなく、浄化されない汚濁水を土中深部に誘導することで土中に不透水層を作っていきます。
 こうして、浸透しない不健全な大地が広がっていくのです。
この浸透ますを一つ一つ改善していきます。



 植樹地は、木炭、枯れ枝幹などの有機物と破砕ブロック片などで土中に空間を作りながら埋戻していきます。周辺の縦穴は、土中の植物材の気抜きにもなります。



そして、有機物やコンクリート片をサンドイッチしながら土が圧密されないように埋め戻していきます。



 埋め戻した植樹マウンドの表情。黒い粒は竹炭で、今回の工事でおそらく3000~5000㍑程度の竹炭を用いることになります。



 そして、埋め戻した植樹マウンドの上に、樹木の根鉢を配していき、土を戻していきます。



こうした植樹によって、土地にはかなりの地形起伏が生じ、植樹部分はかなり高くなります。この高低差が地表にも地中にも多彩な水と空気の動きを生み出し、自律的な環境再生に繋げてゆくのです。



 土中環境を改善しながらの植樹は遅々としたもので、6~7人による真剣勝負の作業でも1日に3マウンドの植樹がやっとです。
 それでも、ここまでやれば、いずれ健康に育ったこれらの木々が、この地の改善をさらに進めてくれると思うと、とてもやりがいのある尊く充実感溢れる作業に感じます。



 そして翌日の寒い朝、2mもの深さの竹筒から白い蒸気が立ち上っているのが見えるのです。
 これこそ深い位置から土中の空気が動いている証で、大地の呼吸が取り戻されつつあることを示唆していました。
 こうした地道な再生作業によってこの土地の環境は本来の豊かに息づく環境へと年々育ってゆくことでしょう。



 さて、この工事はまだ始まったばかりです。今後、この土地がどのように変わってゆくか、なるべく詳細に報告していきたいと思います。



 さて、余談になります。連日の季節外れの温かさで、庭のユキヤナギが開花の前に葉を開いてしまいました。
 冬は、植物の地上部はじっくりと休息し、そして一年の活動に備えて土中の根をゆっくりとのばして体制を整える、本来そんな時期なのです。
 それが、今のような荒々しい気候下で、植物は痛み、本来の眠りすら許されず、健康を害してゆく、それがここ数年、全国的な植物環境劣化に少なからず反映されているように感じます。
 どうすべきか、僕にはわかりません。でも、明日を信じて、自然の声を聴きながら、そこで学んだ大切なことを人に伝えたい、そして少しでも、大地の環境を息づかせていきたいと、そう思うのです。



 春の陽気に導かれて、我が家の自然菜園は一気に青々と、早春の花が開花をはじめました。時期外れの風景ですが、自然はおそらく、そんな私の憂いなどみじんもなく、自然界のリズムの中でいのちの営みを繰り広げるばかりです。

 ロシアのベストセラーで世界中で翻訳されている、ウラジミールメグレ著「アナスタシア」の文中にこんな言葉があります。

「あなたが住んでいる社会は、ダーチャで育てられている植物と交信することで、多くを学べる。それにまず気付いてほしい。
 ただ、あくまでもそれは、育てている人が植物を熟知しているダーチャだからできること。愚かなモンスターのような機械が這いまわっている人間味のない広大な畑ではむり。
 ダーチャの菜園で土いじりをするととても気分がよくなって、そのおかげで多くの人が健康になり、長生きしてきたし、心も穏やかになる。
 技術優先主義で突き進む道がいかに破滅的かを社会に納得させる、その手助けをするのがダーチュニク。」


 

 生き物豊かな土壌環境が育つ我が家のダーチャ菜園の向かいには、大型トラクターで耕耘される農地が広がります。
 トラクターによる締固めと表層の耕耘は土中生物環境をリセットしてしまう上、耕耘深さの下に、機械の重さによって耕盤という、不透水層を形成していき、徐々に大地はいのちを養う力を減じていきます。そうした畑ではもはや、農薬や化学肥料に頼った不健康な生産しかできなくなるのです。
 さかんに耕耘が行われたのはここ数年ですが、その間にその奥の山林のネザサは密集して苦しげに背丈を伸ばし、藪と化していきました。
 この光景こそ、この畑地の土中通気浸透環境が劣化してしまった証なのです。

 しかし、こんな場所でも、植物たちは健気にも環境を安定させて再生していこうとするのです。
トラクターの全面耕耘にとってできた筋状の、微細な盛り上がった線、そのわずかな筋に沿って、春の野草が広がります。
 耕耘して土壌の構造が破壊された土はすぐに風に舞い、雨に流されて安定せず、そんな場所では土地は安定せずになかなか良質な表層環境は生じないのですが、それでも、この筋状のわずかな起伏によって、その筋周辺だけ土中の空気が動き、土がわずかに安定してそこから野草が根を降ろし始め、さらに土地を安定させていきます。

 いずれまた耕耘されてしまうのですが、それでもまた、大地は常にこうして再生しようと働くのです。
こうしたこともすべて、植物たちが教えてくれます。日々、きちんと大地を向き合うこと、それを取り戻すことが今、何より大切なことと感じます。

 
 




投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
千葉市中央区の庭 主庭の竣工    平成28年2月9日



  久々の庭つくり紹介です。地元千葉市内での造園・環境改善工事が、本日完了いたしました。
 ここ数年、じっくりとブログを書く時間もなかなか取れず、更新間隔がかなり空いてしまうようになりました。
 なにぶんにも、心の底から人に伝えたいことが多すぎて、ついついいつも長大なブログになってしまうため、なかなかその時間を作るのに一苦労するようになってしまったのです。
 そこで今回は、解説を極力省略して、完成直後の庭を写真にて紹介するにとどめさせていただきたいと思います。

 お施主のIさんは数年前に住まい南側に面した空き地を購入したのです。
 そこに小鳥や様々な生き物が共に暮らせる四季折々に生き生きと変化する庭・自然環境を再生したいとの想いで、数年前に相談いただきました。
 そこに、単なる景観ばかりの庭ではなく、大地が呼吸し、そして様々な生き物がここで生々流転を繰り返しながら変化してゆく、そんな環境の再生を心がけました。
 完成写真で紹介できるのは本当に形ばかりとなりますが、この庭が3年後、そして10年後、さらには数十年後に、畏敬の念を感じさせてくれるまでの精気あふれる自然環境へと育ってゆくよう、様々な見えない配慮を尽くしております。
 が、今回はその、土中環境再生作業工程の紹介は省略させていただきます。。。



家屋から一段下がった主庭にいたる動線から。



 家屋と庭の伝い。



 家屋前から一段下がったデッキテラススペース。



 家屋側からデッキ越しの主庭スペースの景。



 奥に向かって傾斜のある敷地ですが、意識的に地形起伏を設けながら、空気の動きやすい空間配置に配慮します。その結果として、変化の感じられる庭空間が生まれるのです。



庭園内の回遊路。



 もう一つの庭のテラススペース。ベンチはちょうど大人が十分に足を延ばして昼寝できるサイズ設定です。
 庭の奥、土中の水と空気が最も動く場所に設けたこのテラスでは、夏にはたくさんの生き物たちの気配と共に、ひんやりとした土の香りを感じる、癒しのパワースポットとなります。



 もう一つのベンチスペース。この庭は2つのデッキを含めて4カ所のテラススペースがあり、庭を回遊しながらそれぞれの空気感の違いを感じていただけるよう配慮しています。



 庭の泉のような水栓スペース。コナラの幹を用いて周囲に溶け込ませています。



 道路からの進入路側、駐車スペース側の園路から主庭を垣間見る。

 葉を落とした冬の庭空間ですが、それでも枝影が空間を優しく揺らします。
久々の庭紹介でした。
 今、私にとって庭は見た目の景観ではなく、いのち息づく空間の空気感を第一に考えて造作します。風の通り、土中に浸み込む水の動き、、その土地がいのちの宿る環境として育ってゆくこと、それがすなわちそのまま、本当の意味で健康で力をもらえる暮らしの自然環境となるのです。






投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | PermaLink
         
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