梅雨の晴れ間に 平成25年6月22日
久々の青空。白い建物は、6年前に建てた事務所の囲炉裏小屋。
小屋の周囲に植えた木々が大きくなり、そしてこの一角が周辺の緑と繋がってくると、それは、この土地の麗しい景色の一隅となるのです。
緑は育てるもの、繋げてゆくもの、一つ一つの点としての緑が繋がり、そして時間をかけて、潤いある風景が生まれます。
今日手入れに訪れたのは、茨城県坂東市のUさんの庭、竣工して早くも3年目となり、その住まいの風景はUさんの暮らしを刻みながら、清らかで落ち着いた心象風景へと昇華してゆくようです。
木々と共にある暮らし、心を映す風景。生き物の気配。いのちの営み、そこに住まれる方に、清らかな草木は様々なことを語りかけてくれます。
そしてそれは時に癒しになり、時には元気を与えてくれます。そんな空間が増えていけば、世の中はどれほど優しいものになることでしょう。
そんなことを願いながら、Uさんご夫妻との一期一会の語らいを楽しみます。そんな至福の時間を持てるのも、この仕事のおかげです。
冬の手入れ 施工後5~6年経過の庭 平成24年11月21日
今年も残すところあと40日、いよいよラストスパートです。
今日は庭の手入れ、2件です。
千葉県松戸市、Kさんの庭も、施工後5年目となりました。細長い庭に十数本の雑木、最大樹高8~9m以内に抑えて管理しています。
本来、樹高を抑えることなく、どんどん大きくした方がよいに決まっているのですが、狭い住宅密集地では、そうもいきません。
実際には樹高をどんどん大きくしても、側枝を状況に応じて取り払えばなんの問題はないのですが、一般住宅地ではあまり目立ちすぎては施主ご家族のストレスにもなりかねません。
そのため、私は木々にとっても人にとっても過大なストレスにならない妥協点を見出して、手入れするようにしているのです。
それでも、雑木の庭空間を広々と心地よくするためには、狭い庭でも高木の管理樹高8m以上が理想的だと私は思います。
冬の手入れは、直射日光による幹の傷みの心配が少ないため、木々を痛めることなく庭に光を入れることができます。
夏は木陰、冬は陽だまり、雑木の庭は季節を問わず、快適な住空間を作ってくれます。
そしてここは千葉市花見川区Tさんの庭、施工後6年が経過しようとしています。
年月を経て風格を醸し出し始めた木々が家屋の風景をとても深いものとしていくようです。
木々が大きく太くなれば、林床の庭はよりすっきりと広々としてくるのです。やはりここも、最大樹高9m程度で管理しているのです。
樹木が作る陰影は何とも贅沢な空間を作ります。
やはり、庭は完成後の年月と適切な管理がより良い状態へと育ててゆくものなのです。
手入れにうかがう度、より良い庭へと育っていくことを感じます。
木々を管理しながらも、木々を自然の中へと還してゆくこと、それが雑木の庭空間を育てる秘訣かもしれません。
住まいの緑を考える 施工半年後の手入れ 平成24年8月29日
ここは私の地元、千葉市緑区Tさんの住まいです。造園外構施工後、半年が経過し、猛暑に負けずに木々は力強くなじみ始めてきていました。
外から見ると圧倒的なボリュームの木々の合間の家屋に見えますが、庭に入ると木漏れ日の下の空間が広がっています。これが私たちのつくる、住まいの環境としての庭空間なのです。
木々によって夏の木陰を上手に配し、そして2階を含めて窓越しに枝葉をかぶせてゆくことによって周囲が気にならない窓の景色をつくります。
道路から見て、この庭と木々があることで、街の景色が潤います。朝夕にはこの庭の木陰が道路にまで伸びて、涼しさを感じさせてくれます。
庭を植栽することで街の風景まで美しく潤わせてゆく、これからの街づくりにはそんな視点が大切だと実感します。
写真右手前の赤い車の家がTさんの家、通りを挟んで連なる家々には緑は少なく、潤いのない暑苦しい景色が連なります。どんな街も家でも、それを包み込んで明暗を作り出す緑がなければ落ち着きは生まれません。
各家には、この分譲地の開発者であるハウスメーカーが通りごとに指定した「シンボルツリー」なるものが点々と連なっていますが、この殺風景さはどうでしょうか。
これが、「我が家と街が調和した美しい空間」とか、「統一感のある、ワンランク上の美しい街」など言った宣伝文句を持って分譲されているのですから、おかしなものです。木陰のない街は、日中の日差しを浴びて蓄熱したアスファルトやコンクリートが夜も冷えることなく、一晩中街を温め続けてしまいます。
高断熱をうたうこうした住宅では、それでも外界を拒絶してエアコンを回せば暮らしていけるでしょう。でも、そんな住まいの環境がいつまで続くのでしょう。不快な外環境を拒絶して潤いのない住環境に、誰が愛着を感じるというのでしょう。
ハウスメーカーの商売で、口先ばかりの美辞麗句で街を作るのではなく、本当にその街や緑を愛する心ある人たちが積極的に街をよくしていかねば、住みやすい街など育まれるはずがありません。
緑を愛するTさん夫妻がここに住まれているからこそ、街の一角を潤すこの風景が生まれるのです。
机上で家や街を設計しようとするハウスメーカーではなく、そこに住まれる人の心が街の風景を育ててゆくのでしょう。
自然と化した庭 8年目の手入れ 平成24年8月10日
7年前に植栽した千葉県佐倉市Yさんの庭です。木々が生い茂り、下から見上げると、まるで森の中にいるようです。
主木となるコナラやケヤキの樹高は約10mに達しました。これらの木々が日差しを遮り、夏の住まいを涼しく快適にしてくれています。
猛暑の炎天下でこの木々がなかったら・・そう考えると、年々生い茂ってきたこの木々がかけがえのないものに思えてきます。
森と化した庭の回遊路。
千葉の里山本来の木々で構成したこの庭では、鳥の糞による植物種の進入やどんぐりの芽吹きなどによって、次々と新たな木々の芽吹きが楽しめます。
どういう訳か、大量のカブトムシが庭に住みついて、勝手に繁殖しています。落ち葉溜めの中でたくさんの幼虫が育ち、成虫となったのでしょう。
この木々を植えたころにはまだ生まれていなかった三男 峻くん(5歳)が、慣れた手つきでカブトムシを捕まえて見せてくれています。
5歳というのにこの表情・・この庭で子供もたくましく野生化していくようです。
この庭に住みつく名古屋コーチンも、6歳になりました。ネコより強いニワトリです。庭の自然の中でストレスを感じることなく、たくましく、まだまだ長生きしそうです。
手入れ後の庭に西日が差し込みます。
手前の小川にはメダカが住み、そしてたくさんの小鳥が水浴びに訪れます。
小鳥が来るせいか、今はこの庭で毛虫もほとんど見かけません。きっと小鳥が食べてくれているのでしょう。
庭というより、自然に同化して、生き物の楽園と化しつつあります。
里山一つ、庭に出現です。
健康な庭を作る 平成24年7月10日
一昨日、手入れのため、3年前に竣工した千葉市緑区Hさんの庭にうかがいました。
季節外れの台風の後にもかかわらず、木々は青々と精気にあふれ、ますます健康な庭となってきました。
家屋北側カーポート際の雑木です。
もともとこの付近の住宅地一帯は、山林を大規模に削って造成されたため、山砂むき出しの非常に悪い土壌条件だったのです。
そのような条件の悪い土地で、ここまで木々を健康にしてゆくためには、それなりの努力が必要になります。
木々が健康に生育できる植栽配置や組み合わせはもちろんのこと、有機物漉き込みなどの土壌改良は、植栽時だけでなく、その後も毎年の管理作業の際に継続的に行ってきました。
その結果が、この健康な木々の姿です。
家屋北側のコナラ。大きな家屋の外観を和らげるため、ここには最初から高さ8m程度の雑木を何本も植栽しました。
植栽直後の1~2年程度はこの木もずいぶんと害虫にやられたものです。しかし、しっかりと根を張った今は、病虫害の被害はほとんどなくなりました。
人間と同様、植物だって本来健康であれば病気などに負けないのです。健康に育てることが大切なのです。
カーポートから玄関に至るアプローチ沿いの木々。真夏でもここには冷気が溜まり、訪れる人が涼むと言います。
Hさんのお話では、先日宅配に訪れた宅急便の人が、「ここは涼しいなあ。」と言って、しばらくここで休んでいったそうです。。。
玄関ポーチから見た北側の雑木植栽。この北側の木立こそ、家屋を涼しくするのにとても大切な役割を果たしてくれるのです。
そして南側の主庭も、木々がしっかりとした木陰を広げて、メリハリのある庭となってきました。
3年を経て、庭はますます健康に育ち、そして住まいはさらに快適になっていきます。
それこそ私たちの理想の庭つくりです。
そして、敷地280坪のこの広大な庭の手入れは、4人1日で終わります。管理作業の手間がかかり過ぎないということも、健康な雑木の庭の特徴です。
自然の性質に逆らわない管理の仕方、育て方こそ、木々の健康の秘訣でもあります。
植栽の仕方、管理の仕方がまずければ、木々は決して健全にその効果を発揮してくれません。
庭というものは、住む人にとって、日々の疲れを癒し、鋭気を養う場所なのですから、そのためには庭の木々が健康であるということは何よりも大切なのです。
そのためにも庭を作り育てる際、人にとってだけでなく、木々にとっても心地よい環境を作っていかねばなりません。