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雑木の庭つくり日記

広葉樹混植密植による森つくりに想う。その2  平成25年12月11日
さて、神奈川県の環境保全林巡り随想記の続きです。



 ここは横須賀明光高等学校背面の環境保全林。30数年前に植樹されました。
 もともとここは粘板岩砕石を切りだしていた採石場跡の斜面で、植樹前の当時は粘板岩むき出しの岩盤だったといいます。



 植林前の斜面造営の際の写真です。
 粘板岩の岩盤を横に列状に溝を掘削し、そこに客土した様子が縞状に見られます。
 今の森からは想像もつかない、本来植樹不可能な場所に森を作ろうという、当時の森つくりへのすさまじい執念が写真から伝わり、頭が下がる思いです。



 そして地盤造成の後、約50センチメートル間隔にスダジイ、タブノキ、アラカシの3種類が植えられました。
 点々と赤く紅葉している樹種が見られますが、これは植樹後に進入してきたハゼの木です。

 今は鬱蒼とした常緑樹林の外観を呈しております。が、本来の自然林とは明らかに違う違和感が、やはり感じられます。



 森の中に分け入ると、細々と生き延びる常緑広葉樹の林床は光が届かずに暗く、林床植物もほとんど生育しておらず、生き物の気配も感じられないサイレントワールドを呈しています。
 小鳥の声も虫の音もまったく聞こえてきません。
 30数年の時間を経てなお、植栽樹木は平均5m程度にしか伸長せず、林床の植生も育たず、不健全な森であることは間違いないでしょう。
 それでも、林床にはトベラやシャリンバイ、ヒサカキ、ムクノキ、マメツゲなど、外部からの種の飛来による実生苗の芽吹きが見られます。しかし、同じ時期に植栽された木々が林冠を塞いで、林床植生が生育するのに必要な光が届かないため、これらの進入樹種が豊かな森の構成員として育ってゆくことは、少なくとも当面はないように感じます。

 この林床の様子から思い浮かぶのは、間伐放棄された不健全なスギやヒノキの人工林です。



 これは日本中によくある、管理放棄された杉の人工林の林床の様子です。木々は細々と不健康に伸長し、その林床は暗く、生き物の気配もありません。
 戦後に植林された人工林は日本全国で現在約1000万ヘクタール。実に国土の4分の1を占めます。その多くが不健全で生態系に乏しく、貧弱な森となっています。

 同じ時期に一斉に植栽された木々は競争しつつ一様に成長し、林床植生の健全な生育に必要な光を完全にさえぎってしまいます。そしてその森は災害にも弱く、生態系としても貧弱で、森としての多様で豊かな機能も発揮されにくい状態が長く続きます。



 放置されて貧弱化した不健全人工林に対し、この写真は、間伐作業を繰り返して比較的良好な状態に維持されてきた杉林です。
 間伐されて光差し込む明るい森には虫や小鳥をはじめ、様々な生き物が飛来し、そして小鳥や小動物を介した自然樹種の進入によって林床に豊かな植生が育ち、森が階層的に豊かになっていきます。進入した広葉樹の落ち葉は土壌環境をゆっくりと改善し、さらに豊かな命も森となっていくのです。



 健全な人工林の林床に対して、この環境保全林の林床は、明らかに生態系に乏しく、健全な森の姿とは程遠い様相が見られます。



 頭上の林冠は、高密度に植栽された常緑広葉樹が完全に光を遮っています。これでは、様々な生き物の種の進入による森の生態系の健全化には程遠いことでしょう。

 広葉樹混植密植による植樹は、自然林育成と位置付けられているようですが、人が一斉に植えた以上、人工林であることには変わりがありません。
 
 ここで大切なことは、人工林においてその森が健全で豊かなものに育ってゆくためには、植樹による樹種だけで完結するのではなく、植樹は自然再生のための一つのきっかけでしかなく、種の飛来、生き物の飛来定着によってはじめて
、その森が豊かな生態系として健全に育ち自立してゆくものであるという事実を忘れてはいけないと思います。

 自然に飛来する樹種の生育を促すためには、やはり林床の光環境が大切で、そのためには間伐、あるいは植え方の工夫によって改善してゆくことが必要でしょう。
 なるべく人手をかけずに森の自立を促すということであれば、これまでのように一面に密植するのではなく、例えば1坪あるいは2坪程度のブロット単位で密植し、、こうした密植植樹群を10m間隔程度に設定することで、他の樹種が入り込む余地が確保されるでしょう。
 これまでのような全面植栽によって種の進入を排除する方法ばかりでなく、種の進入、光環境を考慮したプロット単位のきっかけづくりの植樹方法。試してみる価値があるでしょう。

 また、岩盤を穿って植樹するという悪条件下で植樹されて30数年。これらの木々は密植による競争効果によって伸長成長が促されたにもかかわらず、樹高は5m程度。
 この森の姿からは、潮風にさらされる海岸斜面の荒れた森を彷彿とさせられます。
 シイ、タブ、カシ、といった深根性の常緑広葉樹では、土壌改善スピードも遅く、悪条件下ではなかなか樹高が伸びていきません。
 高木層の樹高が高くなり、林内の空間が広がれば、林内には階層的に植物の生育の余地が広がり、さらには多様な生き物の定着、生存が許容されるようになります。
 そのことによって森はさらに豊かで健全な姿へと移行してゆくことでしょう。

 例えばもし、こうした悪条件下でも進入しやすいセンダンやアカメガシワ、カラスザンショウ、ムクノキ、エノキなどが進入、伸長できるだけの光量が確保されていれば、これらの樹種は少ない土壌でも浅く根を広げて短期間に樹高を伸ばしてゆくことでしょう。そしてこうした落葉広葉樹の落ち葉は分解も早く、腐葉土となり、岩盤を覆い、徐々に土地を改善していき、こうして初めてシイカシなどの極相的な樹種が健全に生育できる環境が整います。

 木々の力、自然に飛来して生態系を豊かにする生き物たちが定着できる森、一朝一夕に作ることはできません。
 数百年の歳月を経て成熟するのが森の生態系というもので、わずか30年程度で結果を判断することは誰にもできません。
 しかし、より良い自然林再生、生態系保全という視点で、植樹方法をさらに改善、発展させ続ける必要があるということは、植樹後の森が語ってくれます。



 再びこの森の外から、森の外観を見ます。もともと緑など一切存在しない採掘跡の岩盤だったことを想うと、修景(景観を修復すること)緑化としては、一定の成功と言えることは間違いないでしょう。
 植樹、その尊い行為を将来の環境つくりに繋げてゆくために、その方法や目的、本質的な意義を検証しながら、進化させていかねばならないと、この森の外観を見るにつけて、改めて感じます。



 そして最後に訪れたのは横浜国大キャンバス。豊かに育った圧倒的なボリュームの緑が校内を包み込みます。
 ここもまた、30年前から継続的に行われてきたポット苗による植樹です。もともとゴルフ場跡地だったこのキャンバスは土壌条件がよく、木々は非常に良好に育っています。やはり、シイタブカシを中心とした常緑広葉樹林です。



 ポット苗からの植樹によって育成されたキャンバス内の木々は、軒並み強剪定がなされていました。木々の側面を切り詰めなければ、あっというまにキャンバス内の通り全体が冬でも暗い日陰となってしまうからでしょう。
 人間環境の快適性と植樹された木々との共存のため、こうした強度な剪定がここでは行われいているようです。



 強剪定がなされた、写真手前右側の木々は葉色が黄ばみ、明らかに不適切な剪定による乾燥被害の様相を呈しています。
 カシやタブは幹からの乾燥に弱く、強剪定によって幹に日差しが差し込むことで乾燥し、健康を害してしまうことがよくあります。
 ケヤキなどの落葉樹が林冠を占める森であれば、夏は木陰をつくり冬は葉をおとして日差しが差し込みます。明るい森には様々な小鳥が立ち寄り、その糞を介した種の飛来も促されます。

 剪定は木のためにも生態系育成のためにも極力避けるべきで、強度な剪定を繰り返さねば快適な人間環境が維持されないのであれば、こうした場所での樹種構成の在り方も柔軟に考えていく必要があることでしょう。
 剪定によって傷んだ木々をみて、そう感じさせられます。



 写真奥の木々は、このキャンバスにあってなお剪定を入れることなく、比較的自然のままに維持されたスペースです。木々は伸び伸びと道路を覆い、健康な森へと確実に進んでいる様子がうかがえます。



 内部に入ると、光が差し込みやすい林縁の道路際を中心に、小鳥の糞などを介して進入してきた下層植生が生育し、立体的な階層構造を有する本来の自然林になりつつある様子がうかがえます。道路によって枝葉を広げる空間の余地が生まれたこと、光差し込む林縁の環境が生じたことが、種の飛来定着による森の健全化につながったようです。
 また、ケヤキなどの落葉広葉樹林がこの森に隣接していることも、豊かで自立した森への育成が促される要因となっていることは間違いないでしょう。
 
こうした林縁環境のちょっとした違いで森は全く違う生育の過程をたどります。

 

  常緑樹ばかりで光の届かない植樹地の中は、なかなか健全で豊かな生態系へと育っては活きません。



 数百年の年月が育む健康な森。
 森は長い年月をかけて土を育み、そしてさまざなま種を許容しながら移り変わり、いのちを生み出す豊かな環境を育てます。
 こうした植樹が最終的に到達を目指すべきは、様々な樹種、様々な生き物が育まれて共存する命の森です。
 
 そのためには、自然の力をもっともっと活用した森つくりの在り方、いのちを呼び込む森の育成方法が求められます。

 私たちの思考のスパンをはるかに超えた年月を生きる森の木々、たかが30年でその結果など分からないのは当然です。
 しかし、かつての人々が森を育て、共存できる形で生かした経験にもどづく知恵の積み重ねが無理のない命溢れる環境を育てます。
 植樹は自然再生のためのたった一つのきっかけにすぎない、ということもよく認識する必要があるように感じます。

 未来の命のための森つくり、より価値のあるものへと進化させていかねばなりません。



 
 

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 (2013年12月11日 15:46) | PermaLink