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雑木の庭つくり日記

街中の森に想う~下賀茂神社 糺の森にて   平成25年9月11日



 名古屋市守山区、造園設計依頼いただいたNさんの住まい、背面の森です。
 海外生活の長いNさん家族は、それだけに住まいの環境に対して豊かな感性を持たれています。
 Nさんは四方を森に囲まれたこの地に家を建て、家族で住まれて3年が経過しました。



 Nさんの住まい東側に隣接する雑木の斜面林。傾斜地であるがゆえ、比較的良好な状態で森が残されてきたようです。
 3年前は四方を林に囲まれていたこの家も、今は北側と東側にこの雑木林が残るのみとなりました。
 


 家の窓越しに森の息吹が伝わります。森の冷気が流れ込むこの家にはもちろん、エアコンなどはありません。天然の空調装置が周りにあるのですから。
 こんな場所を家族の住処に決められたNさんの意識の高さに頭が下がります。



 ところが、Nさんがここに住まれてからのわずか3年の間に、西側(上写真正面奥)の森が大規模に切り開かれて、分譲住宅用地として造成されました。



 そして家屋に隣接する南側も、森が切り開かれて真正面に家が建ち、隣家の窓は正面で向かい合っています。お互い落ち着かないことでしょう。

 3年前、四方すべてが森だったこの地に住み始めたNさん家族、見る見るうちに周囲の森が削り取られ、環境が一変しつつあるのです。
 環境意識の高いNさん家族にとってそれがどれほど大きなことか、想像に難くありません。



 南西側から家屋を見ます。北側と東側には斜面林が維持されていますが、Nさんのお話では、この森もいつ消えるか分からないと言います。
「そうなればまた引っ越さないといけない。」冗談交じりにNさんはそう言いますが、それが本心なのでしょう。
 Nさん家族の暮らし方にとって、住まいの森はなくてはならない存在のようです。
失われた南側と西側の森。南側と西側の外空間がどうあるべきか、これからNさんと一緒に考え、計画していきます。
 本当の意味で心地よい住まいは建物だけでは完成しません。それを補完する外空間の役割はとても大切です。

 四方が3年前と同様に森が維持されていたのであれば、Nさんはきっと私に造園を依頼されることはなかったことでしょう。
 これも縁というものなのかもしれません。そして、失われた外空間、住まいの環境を補完するという、私たちの仕事の役割を改めて実感します。

 街中の森、かけがえのない環境は、簡単に消えていきます。このことは、その価値に気づかない人たちにとっては、何とも思わないことなのでしょう。
 しかし、その価値は単なる嗜好の問題ではなく、永続的な生存基盤たる普遍的な価値であるということに、社会が気づかねばなりません。



 名古屋打ち合わせついでに京都に足を延ばします。今回訪れたのが、下賀茂神社 糺の森(ただすのもり)です。
 京都市街地の北部、賀茂川と高野川の合流する三角州に、平安遷都以前からこの地にあり続ける糺の森があります。



 その面積は現在12万4千平方メートル。平安京当時はその40倍の面積の森がこの三角州に広がっていたということから、当時はこの森が下流の平安京を、洪水などの災害から守っていたであろうことが容易に想像されます。

 市街化された平地にこれだけの原生の森が連綿と残されるということはまず全国的にも珍しく、そのことが、この地が千年の都、京都総鎮守としての神の社であったことの証とも思えます。

 水の豊富な三角州。平地の森を流れるいく筋もの清らかな清水が、ここが周囲を市街地で囲まれて孤立した森であることを忘れさせられます。



 静謐で神々しさを感じる神の社。冬の冷え込み厳しいこの地には、ケヤキやムクノキ、エノキなど、ニレ科の落葉広葉樹が大木として優先する樹林を形成しています。
 シラカシやスダジイが優先しがちな関東の鎮守の森の野趣深い荒々しさとは対照的に、清らかで繊細な空気を感じます。



 一見健全に見えるこの森も、街中の孤立した森と同様の様々な問題を抱えているようです。
 高木の枝枯れは顕著で、巨木の衰退を感じます。
 林床はササやアオキ、棕櫚など都会の森で著しく増えて林床を占有しがちな種類ばかりが増えてしまい、それが本来の生育樹木の天然更新を妨げています。

 ニレ科落葉高木の衰退は、温暖化に伴う気候変動、大気汚染、市街化による地下水位の低下など、環境の変化が大きな原因なのでしょう。
 本来暖温帯域のこの地にケヤキなどのニレ科落葉樹の原生林が残ってきたのは、暖温帯域にしては冬の冷え込みが厳しい内陸の盆地であることと、三角州ゆえの地下水位の高さが、その大きな理由としてあげられます。

 今、温暖化が急速に進み、そして気候が大きく変動し、そのスピードがもたらす環境の変化はこれまで経験したことのないだけに、想像を超えることでしょう。


 
 近い将来、ニレ科の優先する糺の森の今の姿は、いずれ過去のものとなるかもしれません。



 木々が大木化してすでにニレ科の天然更新が見られず、乏しくなった林床に新たにニレ科やモミジを中心に補植の試みがなされています。



 密植して補植された木々は、今のところある程度健全な生育を見せている箇所が多く見られます。
 しかし、これからの時代、この地にますます今の森林構成が適さなくなる中、今の姿を維持しようとする補植樹種の選択がはたして正しいのか、私にはわかりません。

 では、温かな気候に適応する樹種を植えればよいかと言えば、そんな単純な問題でもありません。急速に温暖化してゆくと言えども、異常気象の多発、本来の寒さのぶり返す年もある中、土地に適応する新たな樹種構成を見出して手を打つことは並大抵のことではありません。

 が、これも考えていかねばならないことなのでしょう。100年先のことではなく、5年先、10年先の気候変動が我々に何をもたらすか、木々に何をもたらすか、それが近く訪れる早急な変化であるということを、こうした森の木々から否応なしに伝わります。



 森から湧き上がる御手洗の水が水源となる御手洗川。市街地の真っただ中にありながら、今はまだ豊かなこの森が水を溜めて川を作ります。
 森はいのちの生存基盤、いつまでも荘厳な森が絶えることのないよう、祈るばかりです。






投稿者 株式会社高田造園設計事務所 (2013年9月11日 13:52) | PermaLink