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雑木の庭つくり日記

 備瀬集落の屋敷林と沖縄の木々   平成25年8月10日


 ここは沖縄本島北部、本部半島の先端付近の備瀬集落。
 ここでは現在もなお、250戸ある集落全体がフクギの屋敷林に覆われて、厳しい夏の日差しや台風を完璧に防ぎ、エアコン要らずの開放的なかつての南国の暮らし方を今も伝えています。



 葉が厚く密に茂らすフクギは亜熱帯地域の防風林として非常に適しており、しかも夏の強烈な日差しを完璧にシャットアウトし、南国の暮らしの環境を長い間守ってきました。
 沖縄本島をはじめ八重山諸島ではいまでもフクギの屋敷林があちこちで見られますが、この備瀬集落は、そんな南国での快適な暮らし方を集落全体で維持されている随一の事例と言えるでしょう。



 木々に守られた集落のすまい。



 時間が止まったような世界です。が、この素晴らしい暮らしの知恵をこれからの住まいつくりに活かすべく、発信し続けて欲しいとの思いが沸き起こります。

 日差しが強く、頻繁に台風に見舞われる亜熱帯で、エアコンもなく、外界をシャットアウトした不自然な高気密性も要せずに、屋外の空気や生き物の気配を感じながら心豊かに暮らしてゆくことができる、それがかつての暮らし方でした。そして、心和む美しさ。

 さて、ヒートアイランド化に苦しむ現代日本の住宅や、日本の街はなぜ、そこまで貧しく、住みにくく、見にくいものになっていったのでしょう。
 
 木々の力を暮らしの環境つくりに活かすという、かつては当たり前の知恵がなぜ今、忘れ去られたしまったがごとく劣悪な街、気密性と空調なしではどうにもならない劣悪な住まいばかりが広がってしまったのでしょう。
 これが本当の豊かさなのでしょうか。この先、かつての美しい日本はますます壊れてゆくのでしょうか。



 真夏の日中でも涼しく過ごせるこの集落。数百年もの間、半島先端の海辺の暮らしの環境を、幾世代にも渡って守り育ててきたのです。

 フクギの防風効果について、2011年8月に沖縄本島に2日間居座り続けて大きな被害をもたらした、大型台風9号襲来時の興味深い観測データがあります。
 当時、那覇市内の平均風速25m/秒の暴風時でも、同じ那覇市内、フクギの屋敷林の中では、なんと5分の1の平均風速5m/秒以内との観測でした。
 つまり、フクギに覆われた集落は台風などものともしないのです。
 その反面、平穏時での測定では、微風を止めずに常に快適な空気の流れが生じているという、つまり、フクギの屋敷林は風を止めるのではなくて風を制御しているということが、観測データによって明らかにされました。



 集落を抜けると備瀬岬の美しい海が広がります。



 沖縄本島の海岸沿いには、クサトベラやアダン、モンパノキといった潮風につよい一部の矮性樹木が群落を作っています。
 南国の海は明るく美しい。しかし、この強烈な夏の日差しと強い照り返し、必ず襲来し停滞する台風や強烈な潮風、ここに暮らすということは、そんな自然の猛威を緩和して暮らしやすい環境を作ってゆく知恵こそが、本当に持続的で人にやさしく、本当に豊かな環境つくりにつながるということを、改めて強く感じさせられます。



備瀬集落の屋敷林が海岸に面するところ、そこは潮風に強いフクギと言えども、海での最前線では痛み、葉を落とします。しかし、幾重にも連なる木々が守りあい、こんな環境の下でも健全に育ち、暮らしの環境を守るフクギの屋敷林が営まれ続けてきたのです。




 集落はすべてそよ風流れる木々のトンネルの中。ここはおそらく、今の沖縄でもっとも快適に過ごせる集落であることは間違いないでしょう。かつては当たり前だった集落の風景。
 沖縄にとどまらず、かつての日本では戦前までは間違いなく、それぞれの土地の気候風土に応じて木々を活かして快適な暮らしの環境を作ってきたのです。こんな豊かで美しい環境、

 これからの暮らしの環境つくり。大切なことはなにか、その答えの一つが、木々のトンネルのはるか向こうにはっきりと垣間見えるようです。

 そして、緑を扱う自分の仕事に対して、このフクギの森が問いかけてきます。何をすべきか、すべきことがあるだろう。
 木々と共存した豊かな暮らしを伝えたい。失われ続ける本当の豊かさ、本当の知恵、それを形にしてこれからの社会つくりに生かしてゆくべき使命をまた、がっちりと背負わされます。


 15年ぶりに訪れた4回目の沖縄、今回は北部を中心に沖縄の森や木々を駆け足で回ります。



 ここは中世琉球のグスクの石垣、座喜味城址です。精緻に積まれた美しい曲線の石垣が、日本とはまるで違うかつての琉球王朝を感じさせ、雄大な気持ちにさせられます。



 城門のアーチには加工された石のくさびを用いており、その技術の高さには見るべきものがあります。
 加工しやすい柔らかな琉球石灰岩が基岩として豊富に産出される地理条件が生み出した石積み文化と言えるかもしれません。



 そして、2億年前に隆起した琉球石灰岩が浸食作用を受けてできたカルスト地形で有名な辺戸岬近くの大石林山を訪れます。
 温帯カルスト地形としては山口県の秋吉台が有名ですが、この大石林山は熱帯カルスト地形の世界的な北限となります。



 石灰岩を基岩とする山には独特の植生が見られます。



石灰岩を好んで生育するアコウやソテツ、イスノキやシマタゴ、クスノハガシワなど、鉄分が多く酸性化した赤土主体のやんばるの森とはまた違った植生が展開しています。



 精霊の宿る木と言われるガジュマルの大木。ガジュマルも石灰岩基岩に好んで生育しています。

 

そして北部一帯に広がるやんばるの森。



 ブロッコリーのようなイタジイを主体にした照葉樹林の森です。痩せた熱帯土壌と強烈な日差しや風雨にさらされる気候条件が、イタジイの下枝を枯らし、遠くから見るとブロッコリーのように見えるのでしょう。



 下枝を枯らしたイタジイの高木は日差しを妨げすぎることはなく、そのため温帯の暗い照葉樹林と違って、この森は明るく、種類豊富な下層植生が豊かな亜熱帯林を構成します。

 やんばるのような亜熱帯性の照葉樹林は、ヒカゲヘゴなどの木性シダ類はじめ、林床にシダが多いことや、クワズイモなどの熱帯性の大型草本類が多いことも、我々のなじみ深い温帯の照葉樹林とはずいぶんと異なります。




 遠目では緑豊かに見えるやんばるの森の多くは、木々は細く、高木の樹高も低い森が多いようです。

 戦時中の木材供出など、人による森の攪乱の後、長年にわたって放置されている場所でも、亜熱帯の気候条件や痩せて酸性化した土壌条件のもと、一度壊してしまうと、元に戻すには我々の住む温帯多雨気候域に比べて時間がかかるように感じます。



 そんな中、土地本来の森を求めて、祈りの場所、御嶽(うたき)を訪ねます。ここは諸志御嶽。古くからの信仰の場所となっていたこの地では、土地本来の低地林の様相を見ることができます。
 大木となったムクロジやクスノハカエデ、アカギ、アカテツなどの下、シダ類以上の木性植物だけで200種類以上生育していると言います。
 本来の豊かな亜熱帯の森の貴重な片々がここに見られます。

 水辺という微気候的な条件もこの地の豊かな森を育むための大きな要因になったことでしょう。



 同じヤンバルと言えども、基岩の違い、それに谷筋などの微妙な地形的な違いで大きな植生の変化がみられるのが、山歩きの楽しさです。
 ここ、安波川下流、タナガーグムイの滝つぼ付近では、豊かで健康な木々が見られ、やんばるでも希少な植物群落がみられます。
 谷筋の涼しい微気候条件や沖縄では珍しい粘板岩の基岩という条件も、この地特有の植生を育む要因となったのでしょう。



 川沿いのヒサカキ。やんばるでは希少で、おそらく谷筋などに点在しているのでしょう。
 温帯と同じようなヒサカキやハイノキ(アオバナハイノキ)、リュウキュウアセビやリュウキュウマユミなど、温帯に近く何かほっとさせられる木々とみずみずしい雰囲気に癒されます。



 中東部、慶佐次川下流、汽水域と呼ばれる海と川とが交わる場所に広がるのは広大なマングローブ林です。



 潮が引くと、今にも歩き出しそうなヤエヤマヒルギの気根が全容を見せます。慶佐次湾には、このヤエヤマヒルギの他、オヒルギ、メヒルギと、合わせて3種類のヒルギが汽水域に豊かなマングローブ林を形成しています。

 このヒルギの無数の気根が山からの土砂を溜めて干潟を作り、そこはシオマネキなどの蟹類やトビハゼやボラの稚魚など様々な生き物に棲家を与えます。



ヤエヤマヒルギの胎生芽。これが落ちて干潟に刺さると芽を出します。



 うまく砂地に刺さるのはほんのわずかのようで、たいていは潮に流されます。刺さった胎生芽は芽を出し。そしてまたヒルギの林を広げていきます。



 潮の満ち引きの影響を受ける汽水域に生育するヒルギ林が根にフィルターで水を浄化し、そしてそこに豊かな生き物の生育場所を与えます。

 あまり知られていないことですが、沿岸域に甚大な被害をもたらした2004年のスマトラ沖地震の際、マングローブ林が残る地域の津波被害は他地域に比べて非常に少なかったと言います。マングローブの無数の気根が津波の勢いを減殺し、そして引き潮でさらわれる無数の人の命が、これら木々に絡まることで助かったと言います。

 慶佐次湾のガイドが言います。
 「沖縄では昔から、『山ハギネ、海ハギン』という。
 山を壊せば海も壊れるという意味。
 森を壊せば山の土砂雨水が一気に流れ込んで、ヒルギ林もなくなる。そうなれば直接土砂が海に流れ込んで海も壊れる。海と山は繋がっている。」



 エメラルドグリーンの美しい沖縄の海は、最初にここを訪れた30年前と変わらないように思えます。
 が、見えないところで少しずつ壊れていっているのかもしれません。

「山ハギネ、海ハギン。」生き物はすべて繋がっているということ。



 20年前、放浪の旅路の途中に訪れた沖縄で私は造園の仕事に出会いました。
そして、この仕事の可能性と面白さに魅せられて、造園の仕事に身を投じて20年が過ぎました。
 きっと、沖縄の風土と温かでおおらかで平和な気質が、ハングリー精神の塊のようだった当時の私をほぐしてくれたのでしょう。

 また次に訪ねるときはいつのことか、分かりませんが、いつまでも豊かな地であり続けますように、祈らずにいられません。
 さて、またこれからの自分の天命を探して仕事に励みます。

 



投稿者 株式会社高田造園設計事務所 (2013年8月10日 14:08) | PermaLink